SEOUL(ソウル旅行記)

寝ている場合ではなく、さよならの夜遊びを。

ロッテマートの閉店まであと15分。僕はあわてていろいろ物色する。かんじんなことに、一番迷惑をかける同じ課の人たちにチョコパイだけはまずいだろ、と思い至ったからだ。かといって時間がない。すでにチョコパイは買ったのだから何か食べ物ではないほうがいい。

  結局時間との戦いの中、歯磨き粉を余計に買うことにする。2年前に韓国で買った、お茶の歯磨き粉が結構スッキリした味で個人的に気にいったので、それを人数分。全員同じものではつまらないから、違うものも。それとチョコパイをもうひと箱。自宅用に。ご近所用に買うべきであったが、そこは失念してしまった。


  急ぎ足で地下鉄の駅に向かう。終電を逃すと東大門まで歩くかタクシーを使わなくてはならない。余裕で間に合う。地下鉄の表示には漢字とローマ字の表記があるから、方向を間違えることはない。但しローマ字は読み方が違うので注意。たとえばTONDEMONなどと表記はされていないのだ。


  ちょっと地下鉄に揺られ、DONGDAEMUN(東大門)に着く。この街はこの時間でもにぎやかだ。地下道では靴屋が店を開き、船場センタービルみたいな中に入れば服屋、帽子屋など、繊維関係の店があきれるほど営業している。街のランドマーク風の大きなファッションビルは大きな音で音楽をたれ流しながら、まるで渋谷の夜7時くらいの雰囲気で営業している。人通りこそ少ないものの、それでも買い物客らしき人がブラブラ歩いている。もう時計は1時を回っているというのに、だ。しかも日曜日の夜だというのに。


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  かくいう僕もそんな店のいくつかを冷やかしながら歩く。会社で使えるような珈琲タンブラーで、ハングル文字がぎっしり書きこんであるようなデザインのものがないか探してみたが、その手の雑貨店が見つからなかった。僕が知らないだけだろうと思うが、日本には星の数ほどある雑貨店的な店があまり見つけられなかった。



   勇気をふりしぼって屋台に突入しようと思うが、昨日COZZLE氏が言った言葉を思い出す。東大門のタクシーは日本人だとふっかける、という話だった。きっとこのあたりの屋台は日本人だと「ぼる」に決まっている、と思い、急に入る気が失せる。ポジャンマチャと呼ばれる、座っておでんとかを食べる屋台に行こうと思ったが、やたら客引きしてるし、日本語で話しかけるのも嫌な感じがして、結局やめておく。

  それでもどうみてもおでんや串ものが美味しそうだったので、持ち帰り専門の、値段が出ている屋台に寄り、おでんを2串と、無料のスープ、もちとウインナー串、メクチューを買って、どこかのビルの前の広場で立ったまま食べる。ジャンクな味わいだが、これで充分だと思った。

  おでんを食べるたび、自分の口からゴジラが吐くような白いビームが発射されるのが自分でもおかしくて、ひとりでにやけていた。午前2時の東大門でおでん串を持ちながら、白いビームを出し、笑っているイルボンを見た韓国の皆さん、それは私です。


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   その日はさすがにぐっすり眠れ、とはいっても午前5時すぎには起床し、2年前さんざん悩まされたロッテリアで新商品の何とかバーガー(結構おいしかった)を買い、地下鉄に乗り、一路空港へ向かう。


  やがて2011年1月17日の朝が開け、空港のロビーにも朝陽が降り注いだ。今頃COZZLE家では朝食でも食べているのだろうか。自宅ではこどもが学校に行き、女房は洗濯機を回していて、テレビではみのもんたがしてやったりという顔で笑っていることだろう。


   そんなことを思いながらひと眠りして、気がついた時にはもう日本の上空で、綺麗な富士山がすぐ間近に見えた。

 

 消費したW

    おでん、メクチュー、もちとウインナー串、ロッテリアのバーガーなど

 3日間の合計は、日本円で約3600円程度しか、使いませんでした。

 

 

では、しばしのお別れ。

 旅なれた人にはおもしろいこだわりを持つ人が多い。ある人は世界中のハンバーガーを食べる趣味を持つ。ある人は世界中の郵便局の消印の葉書を集める。ある人は街かどの時計やポストなどの前で記念写真を撮る。ホテルのアメニティ集め、レストランのメニューなどのコレクター。まあ、いろいろこだわりがある。



 我が家にもそんなこだわりというか、リクエストがあって、女房は海外旅行に行くと、その土地ならではの土産として、歯磨き粉を買って帰るようだ。別にコレクションするわけではなく、使用するために、である。珍しいフレイバーのものを経験しようというところもあるのかもしれないが、かといって使いやすいものでないと困る。甘いフレイバーやあまりに人工的な香料っぽいものは歯に悪そうで嫌らしい。(ロフトとかヴィレッジあたりで売っているフレイバー歯磨き粉はつまりNG。)ということで、韓国土産に歯磨き粉を所望されていた。

  最近は女房に感化されたか、娘はいろんなところのシャープペンを土産に所望する。歯磨き粉はどんな土地でもスーパーに行けば手に入るが、シャープペンは結構ハードルが高い。アニメのキャラクターもの(しかもワールドワイドなもの)は多いが、娘の要求はそういうものではない。母と娘が同じように実用的な土産をリクエストするあたりはおもしろい。父は思う。母の歯磨き粉は使い捨てだが、娘のシャープペンは芯さえ替えればそのものは残っていく。このあたりの性格の違いもおもしろいと、ひそかに楽しんでいる。



  月曜日に休みをとるため、職場の人にもチョコパイを買う。女性にはチョコパイより、冷え症に効くというヨモギパックなるものを買って帰ろう。最近人気が高いらしい。1箱買えば小袋になっているから、分け分けもできる。自分の土産は別にいらない。とりあえずそれだけ買えばいいだろう。



  三角地よりバスに乗り、ソウル駅に出る。そこのロッテマートが深夜0時まで開いているという。何気なく時計を見たらもう11時過ぎではないか。すっかり遅くまでつき合わせてしまった。寒さは昨日ほどではないが、痛いくらいではある。急ぎ足でロッテマートに入る。COZZLE氏の奥様がわざわざ歯磨き粉を買ってくれていて、持って来てくださっていた。感謝して受け取る。こうなればチョコパイとヨモギパックだけでいいのだ。韓国のスーパーマーケットにはルールがあって、他の店の袋などは持ち込めない。入口にロッカーがあるので、そこに荷物を預けるのだ。


  2年前にも龍山のスーパーマーケットに連れてきてもらったが、今回のスーパーも雰囲気は似ている。日本のスーパーよりアメリカのスーパーに近いイメージだ。チョコパイなどは大きなパックがあって、安い。まとめ買いには向いている。ヨモギを探していると、COZZLE氏が店員さんに聞いてくれた。すごいぞ、COZZLE氏。ヨモギなんて言葉を韓国語で言えるなんて!!!!店員さんに案内されたコーナーには大きく「日本の旅行客に人気の商品コーナー」と日本語で書いてあったが。


  「知りませんでしたわ、こんなの」と、COZZLE夫妻が言い、僕はちょっとだけ「出し抜いた感」とともに「いやあ、女性に人気あるそうなんだよね。貼っておくとそれだけでポカポカするらしいから、会社の女の人でも喜ぶかなと思ってさあ」なんて得意げ。はなうたを歌いながら箱を手に取り、確認のため箱の表示を見ると、?????!!!!!!

  あれ、この形状、ちょっと想像と違うで・・・・。

   もう一度目をこらして見る。「あ、これ、まずいかも」焦る僕に気がついたCOZZLE氏も表示を確認し、爆笑しながら「ぜひ、土産に!会社の女子に配って!」と、えらく楽しそうだ。人の失敗がそんなにおもろいか!答えはわかっていたが一応念のため奥様に「これ土産です、と渡したらやっぱ引きますよね?」と聞いてみたら、案の定、「男性からはちょっと・・・・」と、ごもっともな回答。


  僕の想像していたものは、要するにサロンパスみたいなものだ。腰あたりに貼っておくとじわじわと温まる、しかもヨモギ効果で健康にも良い・・・。そういうものを想像していたのだ。確かに、おすすめのコメントに「骨盤から温める」と書いてあったので一瞬?とは思ってはいたのだ。箱に表示されたそれはまったく違った形状のもの。女性は見なれているかもしれないが、男性はまず買わないものだ。腰に貼るのではなく、これではまともにデリケートなところに貼るためのものではないのか!?なるほどそれで骨盤・・・・いやあ、これをおっさんから「土産です」と言って渡されたら、女性は「えっ!?」と思うよねえ。危なかった。COZZLE氏はなおもカートに入れようとするが、

 買うわけねえだろ!配れないし!



  と、買い物も済ませ、外に出る。もう遅い時間なのでここで別れることにする。正直あともうちょっとスーパーマーケットを見てみたいとも思ったし、夫妻はこれから家に戻り、明日の準備もあるだろうし、バスか地下鉄が動いている内に帰ってほしかったのだ。


  凍てつくような寒さ。韓国のさだまさしみたいなストリート・ミュージシャンの歌。お二人と固く握手し、再会を期し、しばしのお別れ。ほとんどここには内容を書いてはいないけれど、いろんな話ができたことは事実だ。仕事のこと、家族のこと、こどものこと、業界の現状、今感じている危惧、理想、予測、夢・・・・・。いい歳した男がふたりで夢を語るなんて・・・と思う人もいるかもしれないが、まあいいじゃないですか。


  

彼が韓国に行く1年くらい前には大阪で呑んだ時も「韓国で呑む」なんてことは想像できなかった。彼が韓国に行ってからも今度は「東京で呑む」なんてことも想像できなかった。いや、もっとさかのぼれば伊勢志摩ツアーの帰りの車中でYCOZZLE氏と僕とで帰った時も、こんなふうなつながりができるなんてことも想像してなかった。彼を慕う多くの人と僕もまたつながるなんてことも想像してなかった。もとより書店で働くということじたい僕には想像してなかったことだ。彼もまたはじめの一歩は違うはずだ。

 だからまあ、3年後にはお互い何してるかわからない。

 


  温陽温泉の帰り道、ちょっとだけ印象的だったことがある。それは何の話題か忘れたが、「どっちみちつらい結果しかないかもしれんけど、嫌だ嫌だといってやるより、開き直って何でも受け止めてさ、自分が飛べる時期は必ず来ると信じて過ごすほうが楽しいじゃん」とまた超楽観的でいい加減なことを僕が言ったら、いつになく真剣な表情でCOZZLE氏が「**さんらしい考え方っすね」と、言ったことだ。


 

 それにどんな言葉が続くのか、僕にはわからない。僕と違って「待たない」のかもしれないし、受け止めるべきではないものは絶対受け止めたくないと思うかもしれない。そこも含め、しばらくはCOZZLE氏がどんな答えを出すか、待つしかないと思う。


  とりあえず、2011年の、この凍えるような韓国の2日間を、懐かしむ日が訪れて、その時、「あんなマジな話したよなあ、

 フルチンで


   とか、笑えればいいかな。

さて、あと数時間。最後のソウル、ソロ活動に出かけよう。

 

消費したW

    チョコパイ2箱 (不明)

 

 

さよなら三角地 また来て三角地

 龍山に戻って、奥様と合流。今夜の食事は梨泰院の近く、三角地(サムガクチ)のテグダン通りというところ。日本の旅行ガイドではほとんど触れられてないか、「**横丁」を紹介する際に軽く触れられている程度の場所。こういう場所に行けるのは、やはり地元で暮らす人に連れていってもらえるからだ。日本にいるとふだんどちらかというと自分でおもしろそうな店やおいしそうな店を探しだすタイプなだけに、こうして連れていってもらうに身をまかせるのもなかなかいいものだということをあらためて実感。


  テグダンというのは鱈の辛味鍋、といったもの。ニンニク、生姜が効いた赤いスープに、鱈の身、キモ、白子が入り、さらにセリ、豆もやし、大根なんかが入る。

  コンロに火がつけられるやいなや、店の方が非常に手際よく鍋をこしらえてくれる。韓国で食事するたび思うが、サーブされるまでの時間がひじょうに短い。逆に言うと韓国のツーリストが日本の、たとえば「**道楽」的な料理店に来た時などは相当じれったいだろうなとも思った。


  すぐにグツグツと煮えはじめ、3人で鍋をつつく。汁は思ったほど辛くはない。新大久保で食べたカムジャタンの味に似てるかな?それよりは少し淡白。例によって食卓のまわりには大根の水キムチやキムチ、鱈のエラの塩から、なんておかずが並ぶ。これもまた素晴らしい。

   このシェアというか、サービスの発想を、日本は何処かに置き忘れてきてしまったような気がする。 店の作りとか、表面上の接客向上とか、そんな方向にコストを使っていて、どうにも「どうすればもっと楽しくご飯を食べることができるか」ことが弱い店が多い。


  余談だが、韓国から帰国したあと、友だちと新大久保でご飯を食べる機会があったのだが、当然のようにおかずはキムチでさえそれなりの値段をとる。料理の味そのものは本場とすごく違うのかと問われれば僕の舌ではそれほど違ってるとも思わないが、大きく違うのは値段と、そうしたサービス面。

   韓国の料理店は結構店の内装とかに無頓着な店が結構ある。汚ナシュラン的な店も少なくない。しかし、日本でもそうした汚ナシュラン店が望外なほどうまいものを出すように、そういう雑然とした雰囲気の中で、またおかずもてんこ盛りでサービスされたりすると、ご飯をガツガツ食べる気分になって、とても陽気になれる。シンガポールのホーカーズでも同じような気分になったが、食べるということは生きてゆく上でのエネルギーの根幹なのだから、ハイな状況で楽しく食べるのがいいのである。汗もかき、唾液もとばしまくり(すみません)、よだれもたらし、「うめえうめえ」と、恍惚すればいいのである。ボロボロと床にこぼしていいのである。汁やソースがとんではねてもいいのである。店のこじゃれた内装とか、厳格に接客にクオリティなど求める必要はないのであり、俺はそんな奴、好かんとよ、しぇからしか!


   とにかくセリが美味い。煮えきってないくらいのセリを噛むとシャキシャキしていて、独特の風味が口いっぱいに広がる。これ、大ヒット。鱈より白子より僕にはセリ。話ながら鍋をつつく内、写真を撮ることなどすっかり忘れてしまったので、写真は無い。


 鍋の中身がひとしきりなくなると、今度はお楽しみが待っている。ポックンパッといって、残った鍋の中身にご飯を足して、ヤキメシとなるのだ。アジュマが実に手際よく作ってくれ、これまたアッと言う間にできる。ほほう、これは美味しいなあ。米粒全部に味がしみこんでいる。セリもうまかったが、これが一番うまいかも。なるほど、これを食べるためにあえて鍋を頼むというのもわかる。



 満腹というわけではなかったし、最後の夜、もう少し遊びたいとも思いつつ、結構な時間になっていたし、COZZLE氏は翌日仕事。奥様もいることだし、あとでひとりで東大門あたりを彷徨するか、と考えた。屋台に挑戦しないまま帰国するのは男がすたる。


その前にと、さいごの目的地であるスーパーマーケットに向かったのである。

 

  消費したW

        またゼロで~す

 

幕間

温陽温泉駅前には大きなクリスマスツリーがまだ残っていた。だいぶあたりが暗くなってきて、ソウル中心地に戻るのも結構遅い時間になってしまうようだった。夕ご飯を一緒に食べるという約束をしていたので、奥様がおなかをすかせてないか、気になる。「大丈夫です」と、COZZLE氏。今日は昨日ほどではないにしろ、相変わらずの寒さなので暖かいものが食べたいなあと思っていたら、「**さんは魚が好きですか」と聞かれた。「今日はテグダンという鱈の鍋を食べに行きます」と、嬉しいことをいってくれる。


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  駅のホームにも雪が降り、汽車を待つ僕らにも襲いかかってくる。今年、僕の住む街には結局いまだに雪が降っていないのだけど、韓国ではダイアモンドダストも雪も味わうことができたのだなあ。


 もう一度セマウルに乗り、弾丸列車は一路ソウルへ。



 

 (すみません、今日めっちゃ疲れたのと、書き置きのストックがなくなったため、早々と店じまいします・・・お許しを)

 

 消費したW

      ひきつづきゼロ

 

温陽温泉(オニャンオンチョン)とシャンプーの思い出。

 駅前の大きな交差点を渡り、商店街に入る。ダイソーなんかもあり、日本の商店街と変わらない。イメージとしては小規模なセンター街。韓国ではひとりで外食するという習慣が少ないらしく、ゆえに吉野家などはない(もっとも最近、そういった店がソウルにも増えてきたらしく、これからは日本のように個食文化が根付くのかもしれない、とはCOZZLE氏の弁)。


 それで僕は逆に気づいてしまった。日本では孤独産業が成立しているんだな、ということだ。少し街を歩いただけでも「立ち呑み」(別にひとりで行くところではないものの、普通の居酒屋よりはひとりで入りやすい)「パチンコ店」「吉野家などのカウンター式の孤食店、ファストフード、ソロ活動推奨珈琲店」「マンガ喫茶・ネットカフェ」など。日本人ってソロ活動が基本的に好きなんだろうね。

  まあ、僕もそうだし、気持ちはわかる。気遣いをするのもされるのも面倒くさいってなるんだろうね。そういう人が多いのだろう。昔の日本の映像などを見ると人々の互いの距離はもっとあけすけだし、近かったような気もするから、きっと10年後のソウルにも孤独産業店が乱立してるかもしれない。


 

 商店街を抜け、市場に入る。なかなか生活感あふれる良い市場だった。実はこの頃から急に写真が無くなる。携帯の電池が切れたわけではなく、どういうわけか単純に、写真を撮るのを忘れてしまった、のだった。

 


 連れていかれたのは温陽観光ホテルという由緒あるホテル。歴代の王が利用したという伝統あるもの。その地下が入浴施設になっている。

  入口で入浴料を払い、中へ入る。当然ながら男女は別だ。番台(とは言わないでしょうが)で鍵を受け取る、そう、イメージは日本でいう「健康ランドのお風呂」である。ロッカーに着衣を入れて、鍵を閉める。

  韓国の男性は基本スーパーフルチンで歩いている。てめえ、イルボンをなめんなよ。裸になりゃ同じもんがついてんじゃんか。

  鍵を腕に回し、体を洗うタオルを取って、風呂に入る。熱い風呂、普通の風呂、ぬるい風呂、サウナ、ジャグジー、露天など、この構成も日本の「健康ランド」や「スーパー銭湯」と同じ。違っているのはアカスリコーナーがあるくらい。お湯の温度は風呂によって違うので、気分で選べる。


   ざぶんと湯につかる。

  どうもじろじろ見られている気になる。人を相撲とりとでも思ってんのか。八百長力士とでも言うのか。お湯を少しくらいこぼしたからといって資源問題とでも言うのか。

  目の前にいるおやじの息子さんの形状が少し変わっていたので思わず見とれているとにらみつけてきたので、慌てて露天風呂に向かう。いやあ、今までいろんな息子さんと会ってきたがあんなに甘栗チックな息子さんにはお会いしたことはなかったなあ。旅はするものだ。



  僕はとりわけ露天風呂が気にいったのだが、COZZLE氏と裸でしゃべっている内にふと見るとあまりの寒さにCOZZLE氏の髪の毛がパキーンとなっているではないか。アトムかサリーちゃんのパパしかいないぞ。「いや、**さんもホラ、シャリシャリしてますよ」なるほど、自分の髪の毛もシャリシャリ音を出す時があるんだね。



   体はポカポカ、髪はシャリシャリにパキーン。ああ、気持ちが良い。しばし温泉を堪能する。COZZLE夫妻はよく連れだって来るそうだ。列車に乗って。



 洗い場も日本と同じ。石鹸も置いてある。COZZLE氏によるとシャンプーも通常は置いてあるらしいのだが、その日は置いてなかった。が、しかし、実はCOZZLE氏の家に立ち寄った折に奥様から韓国製のシャンプーを頂いていたのだった。「温泉に行くって聞いたので。これ、髪の毛にいいシャンプーなんですよ」との温かい言葉を添えて。

  なるほど、もらった時はとっさに薄い自分の頭髪を見破られたか!と思って「お、勇気あるじゃんか、ねーちゃんよぉ」とかもちょっと思ったけど、こうして実際必要になっているではないか。さすが妻の深遠某慮。夫はどこの家でもいつも一本負け。




  髪の毛がはえるシャンプーのおかげでシャリシャリしていた髪の毛もなめらかになり、いまだ湯につかったままほぼスーパー兄貴化したCOZZLE氏を残し、バスタオルをとり、体を拭く。

  育毛効果のあるシャンプーのおかげで体もすぐに乾く。

  ロッカーに戻り、パンツ一丁になり、体重計に乗るが、何回やってもルーレットのように目盛が回転するばかり。てめえ、イルボンの体重は測れないとでも言うのか。上等だよ。ということであきらめ、冷たい飲み物を買い、一気に飲む。


   ようやくハイパー兄貴化したCOZZLE氏もあがってきて、ハゲが直るシャンプーのおかげで僕も体が芯からポカポカしてくる。


  いいね、温泉って。ふたりの距離がグッと近くなったね。



 こうしてハゲと兄貴の配慮ブラザースは5分後、すでに薄暮の街の寒さにまたしても凍えながら駅へ急ぐのであった。



 

 消費したW

     1000W  (冷たい飲みもの)

 

 

 

 

難しい2人

 思えばCOZZLE氏も僕も何の因果か、はたまた好むと好まざるに関わらず、こと仕事に関しては「転がる石ころ」の軌跡をたどっている。

  引っ越しづいている人はなかなかひとつところに落ち着けないらしいが、僕もまたその口で、引っ越しも多く、転職も多い道を歩んできている。引っ越しは同じ町内規模のものを含めると実に15回。暮らしたところは2府3県。父親が転勤族でもないのにこの数字は多い。仕事はアルバイトをのぞいて、今の仕事で4社目。COZZLE氏は多分引っ越しは僕ほどではないだろうが、転職は僕とどっこいどっこいのはず。そういう意味では、たとえば新卒でずっとひとつの会社にいる人ではわからないかもしれない気持ちが、ふたりの間ではわかったりする。



   お互い結構熱いところがあるし、頑固だったりする。負け戦だとわかっていても突き進んでしまう馬鹿な(あえて言うが)ところもある。じっと隠れていて、影でクスクス笑いながらやりすごした方がいいような時でもあえて前に進んでしまうようなところがある。

   わかりやすい例で言うと、たとえばうまくいかなかったフェアとか、売れなかった本などでもそれを頼んできた人や苦労して作った人の顔が浮かんできて、「あ、それダメでしたわ」なんて数字だけみて、あたかも傍観者のように切り捨てることができない。(もちろんこうした思考パターンはその真逆に、「あれほどやめておけと言ったのにやるからダメになったんだよ」という、ざっくり切り捨てる場合もあるわけだが)・・・。

  つまりは人との関係で燃えるところがある。スマートなビジネスマンではないのだ。

   もちろん、そういうやり方をほんの少しも悪いとも思っていない。いや、むしろそういうエモショーナルさで今まで渡ってきたという自負すらある。僕もCOZZLE氏もそうやって人間関係を作ってきたのだ。だから広範囲かつ持続する関係が結べたんだと思っている。

   でも集団の中で生きるには結構厄介な性分だし、冷やかに見られたりめんどくさいと思われることもあるだろうから、お互い苦労もしていると思う。ま、僕の場合は長い間、広い心で自由に泳がせてくれた素晴らしい師匠の下にいられたことがずいぶんありがたかったわけだが。



   大学に入って僕は挫折ということを知った。挫折という言葉が正しいかどうかわからないが、要するに人生の意味について壁にぶち当たったというべきか。そういう意味ではいかに高校3年まで伸び伸びとのんきに過ごしていたか、自分でも感心するくらいなのだが、今ならそう言えることでも、当時はそんな自分の天真爛漫さを憎んでいたような気がする。


  そうして夜毎の巷や深夜営業の国道沿いの蕎麦屋なんかに居つく内に、そんな小さな世界のおもしろさと、同時にそういうところに逃げ込みながらあるいは貴重な時間を浪費しているかもしれない自分の弱さみたいなものに煩悶していたような気がする。



   COZZLE氏と、そんな話をした。いや、具体的な話なんかなかったかもしれない。


   生きる上での回り道ならば、すべてに意味があるのだ、ということを確認したのだと思う。


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 列車はほどなく温陽温泉駅に着く。ソウルから南へ90キロ、牙山市に属する。日本で温泉場といえばこじんまりとした駅で、温泉の湯気が出ていて・・・なんていう風情を想像しがちだが、まったく違う。普通の、地方の中都市である。温泉マークはそこら中にあるのが、変わった景色と言えなくはない。

 「こんなところに温泉なんてあるんかいな?」と、当然の疑問を口にするが、「まあ、楽しみにしててください」と、COZZLE氏はニヤリとしながら思わせぶりな言葉を。


 

COZZLE氏ってよくこういう言い方するんだよね。

 

 消費したW

        相変わらずゼロ

夢の弾丸超特急ならば前傾姿勢。


  長いエスカレーターを降りると、ほどなく列車が入線してくる。あれ?やけに車高が高い車両だな、と思って口にすると、「ホームが低いんですよ」と、COZZLE氏。自分の足元と隣のホームを見て納得。確かに低いわ。というか、ほぼ地面じゃん!

  入線してきたのは特急セマウル号。元々は韓国鉄道の花形スターであり、特に朴政権下では躍進韓国の象徴でもあった(余談だが、「大統領の理髪師」という映画はこの朴軍事政権下の韓国を知る上では大事な作品である)。が、KTXという超特急が登場するに及んでやや格下げになってしまったらしい。

  日本の特急に似て、シートは2席が左右に並んでいる。窓は大きく、展望も良い。リクライニングも可能。テーブルはないが、前にポケットはある。缶ビールも何とか押しこめる。シート幅は良好な分、通路幅はやや狭い。ドアの開はスムーズだが、どういうわけか閉は反応が遅い。自動式ではなく、横のボタンを押す方式なのが原因かもしれない。


  シートに座り、車窓の風景を眺める。竜山を出た列車は漢江を渡る。何とあの広い漢江の一部が凍結しているではないか。それだけでも寒さは伝わるだろう。何とか写真に収めようとしたが、手前の橋梁部分が邪魔になってうまく撮れなかった。


  ソウルの中心部から郊外へ。風景は日本のものとそう変わらない。看板のハングル文字がなければ日本の風景だといってもいいくらいだ。メクチューを呑みつつ、のんびりしているとCOZZLE氏が「うしろの車両に行ってみるといいですよ」としきりにアドバイスする。「何があるんですか?」と聞くと、「まあ、行ってみてください」としか言わない。

  COZZLE
氏ってよくこういう言い方するんだよね。と思いつつ、重い腰を上げ、後ろの車両に移動する。ついでにトイレも済ます。トイレは別に日本と変わらない・・・というか、驚いた記憶がないから、多分日本と一緒だったのではないだろうか。



   3つほどうしろの車両に行く。ドアを開けて「ん?」と、なる。どうやらこの車両は元々食堂車か展望車だったのだろう。その名残が車両の半分に残っている。日本の特急などにも時々見かける、車内販売の売店。古畑任三郎がシューマイ弁当をせがんでいたようなアレである。そしてその手前には窓に向かって座るカウンターとテーブル。ようするに展望席である。僕は強いデジャブにとらわれる。ああ、懐かしいぞ。これは新幹線のビュッフェではないか。昭和40年代の旅行の楽しみのひとつに新幹線のビュッフェがあった。こどもの頃、ちょうど目の前の韓国の家族のようにお弁当を食べたっけ。なんだかちょっと懐かしくなって、いいぞ、セマウルなんて思っていたのだが、うしろ半分は僕の想像を軽く越えてしまった。

  何だ、これ?


  そこには信じがたい光景が。

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まずはゲーム機。アーケード、温泉のゲームコーナーに置いてあるようなやつが置いてあって、若い男が早速遊んでいる。その奥にはパソコンスペース。ビジネスユースかと思いきや中年の男はネットポーカーゲームに興じている。さらにその横に2つの小部屋があって、プリクラかなんかかと思っていたら、COZZLE氏曰く「カラオケ」だそうで。まあこの車両はイベント車両というかお祭り車両なのね。


  僕たちが乗った路線は長頂線というものだったが、長い鉄道の旅の暇をつぶすためのものの様である。

今日の目的地である温陽温泉までは1時間以上の行程らしい。席に戻り、かりんとうなんぞをつまみながら、さあ、COZZLE氏よ、


  これからの話をしようじゃないか
   と、僕らは前傾姿勢になるのだった。


   

 消費したW

 またまたゼロ

つわものどもが夢の跡

 駅に向かってゆく道すがら、「このへんがキーセンです」と、COZZLE氏が路地みたいなところに連れていく。要するに売春宿なんだろう。再開発とかで、ほとんどの店が壊されている。営業をしている店も少しあるらしいが、基本的には廃墟となっている。僕らはその廃墟の真ん中の道を進んでいく。

  途中、建物の中が露出しているところがあったので僕は興味津津で写真を撮る。部屋はなんとも狭い。2畳半か3畳くらいか。へえ、ここでいたすわけか。情緒も何もあったもんじゃないなあ、とか思って撮った部屋の写真を確認し、あることに気づく。あ、これだけだとやばいかも。

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  そうなのだ、写真を見る限り、廃墟であることが伝わらない。これでは旅の甘い一夜の思い出の写真だと妻に誤解されるかもしれないではないか。そしてそんなことになったらまずいではないか!そこであわてて外側の廃墟部分も撮る。


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  駅に着いて、売店でメクチューを2本と、魚のソーセージみたいなのを買う。COZZLE氏はかりんとうを買う。ビールにかりんとう?と一瞬ギョッとするが、これがまたなかなか美味しいかりんとうだった。


  驚いたことに改札がない。イギリス方式なのだ。実は降りる駅にも改札はなかった。検札にも来ない。ということはタダ乗りし放題じゃんか。「みんな信用してる、ということですね」と、COZZLE氏はちょっと胸をはる。


  そうなのだ、実は韓国から帰国し2日間くらい、僕は結構いろんなことに苛立ったり、情けなくなったりした。どうも日本は息苦しい国になってしまっている。マナーも悪いし、一言で言うと自分中心で世界が回っているのだ。国家、近所、会社、そういったソーシャルなメンタリティがうしろ向きになっている人が多い気がする。

   韓国から帰国してすぐ、電車の優先席の窮屈な隙間に強引に座った若者がゲーム機を取り出したのを見た時、それはふだん東京では日常的な光景だし、「ああまた馬鹿がいるわ」くらいにしか思わないようなことが、ずいぶん腹立たしく感じた。

  極論だとは思うが、こんな奴ばかりでは日本は馬鹿にされ続けると思ってしまったのだ。どうしてそういう思いにかられたのかはわからないし、韓国の中にもそういう人はいるんだろうとも思うが、ただほとんど公共の場でみっともない姿をさらしている若者は見なかった。

  これはその日の夜、COZZLE氏と奥様と夕食場所に向かってバスに乗っていた時のことだが、僕はいきなり目の前の椅子に座っている学生くらいのにいちゃんに席を譲られたのである。吃驚したものの、韓国ではとにかく目上の人を立てるという文化があり、どうみても彼よりは年寄りなわけだからしかたがない。面映ゆいながら席に座る。

  そういえばCOZZLE氏も酒を呑む際には必ず横を向いていた。これもまたそういうルールというか、儒教の教えなのである。そのことの是非や文化の違いを語る気はないが、たとえばサッカーやオリンピックなどでのあの団結力の源泉には少なくとも日本人のメンタリティーより勝っているソーシャルな「礼節」と「貢献」の意思があるのだろうということだけは身をもって理解できた。そしておそらく日本人にはそうしたパワーへの潜在的な危機感があり、そのためにいたづらに反感をも誘発しているんだろうとも思った。

  もちろん、強引すぎるところもあって、そこがまた別の意味で「和」と「礼節」の日本では理解できないということになり、そこにもまた共感できたりする。まあ、うまくまとめることはできないけど、少なくとも公共のマナーに関しては今の日本より韓国のほうに軍配を上げるなあ。というより少し前の日本は確かにこうだったよな、と自分の少年時代である昭和30年~40年代を思い出したりしたのである。



  

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   メクチュー2本分+魚のソーセージ1本 (金額不明だが、大した金額ではない)

 

その時は奥様によろしく。



  さて、お腹も相当ふくれたことであるので、温泉に行こうということになった。ソウル郊外の温泉で、鉄道に乗っていく。COZZLE氏自身が奥様と時々出かけるらしい。


  僕自身は温泉も魅力的だったが、実は鉄道に乗れることが何より嬉しかった。「実は俺、隠れテツなんすよ」と言うと、「えっ!?知らなかったです!」との答えが・・・。


  とりあえず鉄道の起点である竜山に向かう。大きなターミナルで、2年前はここのスーパーマーケットで買い物をしたのだった。時刻表を見ると次の列車まで時間があるらしい。そこでCOZZLE氏の店に行くことにさせてもらった。バスでちょっとの距離。上道というところにある。

  道中、「観光地が嫌いやって言ってはったから、何処に連れていこうか悩みましたわ」と、昨日も聞いたような話が・・・。よほど悩まれたのだろうか。今度COZZLE氏に「世界ふれあい街歩き」のDVDでも観てもらわないといけないな。あの番組のような旅が僕は大好きなのである。ぶらぶらと知らない町をただ歩き、いろんな風景を切り取ってくる。そこに森谷真弓とか中嶋朋子の語りが入れば言う事ないね。(この間のコーンウォールの放映を見て、またイギリスに行きたくなってしまったじゃないか!!!!)

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  COZZLE
氏が頑張って、店の裏側の坂道に案内する。「どうですか、こんな感じですか」・・・ううむ。正直に言うとピンとこない。でもせっかく連れてきてくれた手前、にべもなく断ずるのも悪いしなあ、と思いつつ、「違いますねえ」と、ハッキリ言う。その後もバス停の裏あたりにある路地に連れていってくれた。ここは少し「いい感じ」だった。もう少し生活感が溢れていれば言う事なし。

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  店は相変わらず丁寧に作られている。2年前のレポートで詳細は書いているので今回は省くが、作品世界をダイレクトに、過不足なく表現する陳列の技は見事だ。ただ残念ながらこちらがカナダラ文字が判読できないので、棚の並びのおもしろさがわからない。書店のキモはいつまで経っても棚にあると思っているので、そこがわからないのはつらいし、それについて言えることもないのがとても残念。

   千葉の書店さんで頑張って売り場を作っている担当者がいて、毎月通っては堪能し応援もしているのだけど、一度COZZLE店頭写真コレクションを見せたら俄然負けん気を起こしてくれたことがあり、そんな時にカッコつけるわけじゃないけど、「あ、俺今ネジひとつ回したで!」と、達成感を憶える。触媒として機能できれば人の力も上がるし、つながりも生まれる。そういうことをできるかどうかで営業の仕事の醍醐味は変わってくるんじゃないのかなあとか思ってるんだけど・・・。ま、いいか、そんな話は。

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  店を見て一階のカフェで茶でもしばこうかということになるが満杯であった。するとCOZZLE氏が「家、寄りますか?」と言う。「家、近くにあるの?」と尋ねて、ああ、この前来た時もそんな話したなあと思いだす。僕は若年健忘症なので、大事な個人情報もすぐ忘れる。先日もある人が彼女の話をしているのをはじめて聞く話だなあとか思って聞いている内に「あっ、違う!これ、聞いたことあったわ!」と突然思い出し、そう言ったところ、「いえね、すっかり忘れてるようだったからこっちもはじめて言う感じで言ったんですけど」と、言われてしまった。本当に申し訳ありませんでした。


  そうだ、その時にも日本から訪ねてゆく知り合いの中に、彼の奥様に会いたがっている人が何人もいるよ、という話をしたら、COZZLE氏がちょっといらついた感じで「そんなに人の奥さんに会いたいんですか?**さんもそうなんですか!?」と聞かれたので、正直に「いや、別に」と答えたところ、「そうでしょ!?だったら言わんといてください!」と、見事に逆ギレ?されてしまったのだった。


   いや、だってさあ。そんなに会いたいか?と問われて人の奥様に対して「是非!」なんていうのも妙じゃない?それはプライベートなことだし、友人だからってそこは違うもんね。だいたい自分の経験でいうと、女の人同志が最初から仲が良いほうが家族ぐるみのつきあいも長続きすると思うしね。旦那の知り合いっていっても結構気を使うもんだしねえ(ま、このへんは推測ですが)。そう言ったのは奥さまへの配慮と思し召せ。



  といった具合で前回は結局会えずじまいだったわけだが、今回は自然に家に向かっている。
 COZZLE氏が「今晩、よかったら一緒に3人で食事しませんか?」と誘ってくれたのだ。
「ほいや~」と、実は突然の事態に緊張したが、そこは悟られないようにした。これが大人の配慮なのだ。いきなりハードルが上がるとこの親爺も大変だろうなというCOZZLE氏の配慮なんだろう、その前に一度会っておこうという判断で家に向かっているというわけだ。



 
 俺らは配慮ブラザースか。



  実は今回のこの記事を書くにあたって最後まで奥様のことを書いていいものかどうか迷った。COZZLE氏は僕の友人なので、ある程度のことは許してくれると思っているが、奥様はまた別である。だから最初に言っておこう。3人で話したことは書かないでおく。



  ただ、とても楽しい食事だったこと、お二人の生活を自分の生活と照らし合わせてみていろいろ共感できたこと、それから奥様が素敵だったということはとりあえずここで書いておこう。



  さて、COZZLE氏の奥様にもお会いし、家庭訪問も終わり、またバスに揺られ竜山に戻る。いよいよ韓国の乗りテツ、呑みテツのはじまりである。そしてまたこの列車の旅は真摯なCOZZLE氏の話もあって、僕には忘れられない旅になったのである。

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韓国の鉄道に乗ろう。(なぜかテツ談義)


それにしても美味しいソカルビだった。なかなかツーリストがたどり着ける場所ではないかもしれないが、帰国してコネストで確認したところ、きっちりフォローしてあったので、やはり韓国情報はコネストが良いのだなあと、実感。2年前の韓国行きでもコネストの情報を頼りに大学路あたりに行ったのであった。


 さて、お腹も相当ふくれたことであるので、温泉に行こうということになった。ソウル郊外の温泉で、鉄道に乗っていく。COZZLE氏自身が奥様と時々出かけるらしい。

僕自身は温泉も魅力的だったが、実は鉄道に乗れることが何より嬉しかった。「実は俺、隠れテツなんすよ」と言うと、「えっ!?知らなかったです!」との答えが・・・。いや、テツなんですよね。あくまでも「隠れ」レベルですけどね。

 

 テツにもいろいろある。某誌編集長はスイッチバック愛好家。これはテツフィールド上では「施設・運転・設備研究」派に属する。分岐、橋梁、トンネル、レール、ATSなどを専門的に調査するコアなテツと言えるだろう。


  僕の場合はきわめて一般的なテツ属性である。まず「乗りテツ」。文字通り、鉄道に乗ることを歓びとする一派である。完乗派、18きっぷ派、フリー切符派、最長片道切符派などに細かく分類される。それぞれに対し興味はあるが、これについてはお金もさることながら時間がかかる。22才の頃は時間がたっぷりあったのでひょぃと鉄道に乗っては18きっぷを使って放浪できたりもしたが、仕事や家族を持ってからはなかなかできない。定年後の楽しみのひとつとして大きな可能性を秘めてはいるが。

  ということでここ数年はもっぱら「呑みテツ」。鈍行列車に乗り、その土地の食べ物を買って肴にし、缶ビールやワンカップなどで揺られながらひたすら呑むという、ご機嫌な趣味。

  また、「かぶりつき」と言って、運転士目線で前面展望を楽しむという派にも属する。ただ、さすがにいい年こいた大人が運転士席の隣に駆け込むわけにもいかないので(したい気持ちはあるが)、これについてはもっぱら「展望ビデオ」を見ることにつきる。


  残念なのはタツヤくんちにあまり置いてないことである。アキバの書泉に行くと、常にモニターでこの展望ビデオシリーズが流れていて、営業の際につい足を止めて、見入ってしまう。タモリもこの展望ビデオのマニアで(坂道研究、JAZZ、オノマトペ研究など、彼とは趣味が合う!)、ひとくちに展望ビデオといっても出来が天と地ほど違うのだが、優れたものは実に良い。最近はYou TUBEでこの展望ビデオだけを集めたところがあり、見てはいけないと思いつつ見にいって、貴重な睡眠時間を喪失することになる。



  あとは「駅弁・駅そば」研究。および駅弁であればラッピング収集。これについてはある時期までは熱心に取り組んでいたが、JRになってから大きく変貌してしまったため、最近ではむしろ興ざめ気味。

  原因のひとつは、JRになってから駅構内の施設が画一化されたこと。駅蕎麦は「あじさい」「箱根そば」「喜多そば」など基本チェーン化してしまって駅ごとに個性があった時代が懐かしく感じるほど。今でもオンリーワンな駅そばが残っているところもあり、そういった駅で時間があれば立ち寄ってしまうのは当然のこと。首都圏では我孫子駅の弥生軒や大船駅の大船軒などが好きだ。


  駅弁についてはテレビのグルメ番組やお取り寄せブームなどの悪影響がもろに反映されてしまった。その結果、豪華な食材を使った高値の駅弁が登場し、またにわか駅弁ファンや金払いのよい中高年層がそういった駅弁を支持するものだから、相対的に値段が高騰してしまった。もちろん素朴な、昔ながらの駅弁もまだ残ってはいるものの、駅売りのおじさんも少なくなってきてしまって、一部のメーカーではわざわざ駅の外に出て買いにいかないと入手困難になったり、予約して買うはめになるところまで案外多い。きっとこうした駅弁バブリーな人たちの興味はそのうち醒めてくると思っているが、醒めたあとの残り方に対して危惧もおぼえるのである。僕自身も今そういう理由で、駅弁を買うことはほとんど無くなってしまった。



   テツの話に戻すと、「駅テツ」でもある。これのもっとも有名な例は「全駅制覇」というやつである。僕の場合はそこまで熱心でもないし、また詳しくもない。でも何気ない地方の小さな駅の風情などはたまらないものがある。実はそういった駅を撮った写真はそれなりにコレクションしてたりする。



  他にもいろんなテツがいる。


  「車両テツ」。車両編成、形式などに特化する派。

「撮りテツ」。しばし問題を引き起こすことでも知られる。ヨーロッパではこれに近い存在としてTRAINSPOTTERというのがいて、彼らはひたすら車両を見るのが好きなグループで、日本のように撮影はしないらしい。


 「録りテツ」は発車ベル(メロディ)、車内放送、走行音などの評価・比較検討をする。たとえば「東京メトロの女性のアナウンスは最高だ」といった話題で盛り上がる。ちなみにこの女性アナウンスは僕も大好きだ。森谷真弓さんというフリーアナウンサーが全線を担当している。線との相性もあるように感じて、今のところ僕の評価は半蔵門線、東西線、埼玉高速鉄道で特にキラリと光るような気がする。特に語尾の「お乗り換えください」の、「ください」のあたりが最高だ。



  または車両のきしむ音が女性の喘ぎ声に聞こえてしかたがない時がある。げっ、こいつ、変態だなとか思わないでくれ。一度耳を澄ませて聞いてみてくれ。特に車両を先頭どうしでジョイントした時などやばいくらいだ。僕は以前中央線でいたたまれなくなったことすらある。


  「模型テツ」、「時刻表テツ」(「点と線」の安田の家内はそれだな)、「廃線テツ」、キップや駅スタンプ、部品などを集める「蒐集テツ」。つわものの中には「鉄道要覧テツ」「鉄道歴史テツ」「旅客業務全般テツ」「鉄道会社決算・有価証券テツ」なんてのもいる。「シュミレーションゲームテツ」や「テツマンガテツ」もいる。「架空鉄道テツ」もいる。



  先ほどからかなりマニアックな世界の話になっているようで自分でもいいのだろうかと思いつつ、筆が止まらない。そうだ、僕も昔、「架空鉄道テツ」であった。何だそれ、と突っ込む人も相当いるだろうが、要するに自分が新しい鉄道路線を作るという遊びである。


 

中学生の頃、そういう「旅行研究会」というクラブを創設し、日本中の区分地図を買っては部員で新しい路線を考え、勝手に鉄道をひき、駅構内図も作り、さらには駅を始点とし、街まで作った。当時僕らが考えたのは、埼玉に住んでいたこともあって、中央線で帰ってきた時に都内を通らなくても帰ってこれる路線である。八王子から川越、大宮と結び、さらに柏、船橋までを結ぶ、外環的路線だった。その直後武蔵野線が登場し、僕らの考え方が正しいことは証明された。僕らの頃はもっぱらそれを紙上でやったが、今ならCGなどを使いつつ、もっと楽しそうなことができそう。

  もちろん今ではそんなこともしなくなったが、それでも時々、「あ、こんな路線作ってみたらどうだろう」とか思い付くと、地図上でシュミレーションしたりするから、本質的には変わってないんだろう。この間も赤羽から帰る時にちょっと面倒だなとか思って、赤羽、王子、北千住と続く路線があれば楽だなあとか思った。そしておおっ、これはまさにせんべろ派にとっては貴重な足になることにも気付いた。北千住から堀切、立石、小岩、錦糸町、さらに森下、門仲、月島、新橋と続けばもう何も言う事はない。


  いかん。これはテツの話ではなかった。

 

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ソソモンヌンカルビチッ ヨンナムシクヌン。




今日は焼き肉をたべたあと、鉄道に乗って郊外の温泉に日帰りで行く予定だ。どう書いても不倫旅行っぽいぞ。でも僕とCOZZLE氏はもちろんそんな関係ではない。



  COZZLE氏がまず連れていってくれたのは新村の焼き肉屋。新村というところは近くに延世大学や梨花女子大学などがある学生街みたいで、街並も何気にお洒落なところだった。

  道も広く交通量も多い。なかなかの繁華街である。駅から歩くこと5分くらいだろうか、広い道路から脇にそれて坂道を上がる。いきなりホテル街になる。まるで渋谷円山町のような感じだ。日本でもラブホテル街の近くに焼き肉の名店があるものだが、国を越えてもその法則は同じなのだろうか。



  坂を上がってすぐの四つ角にある、どうみても半分廃墟にしか見えない古びたビルのガラス戸を開けて、COZZLE氏が店内に入っていく。「え~?ここ?」と、僕はビルの全体像を見上げながらついていく。日本人のツーリストがガイド無しでここに入ることは相当勇気がいるぞ。



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  戸を開けるとそこには驚くべき光景。地面むき出しで、ところどころにドラム缶が置いてある。ドラム缶の上部をくりぬくようにして炉がしつらえてあり、その炉の中では練炭がくすぶっており、空調的には申し分ないほどやばい感じ。


  店内は赤レンガと石の地面。椅子もテーブルもない。お客さんはそのドラム缶を囲むようにして立ちながら食べるようだ。越谷にも似たような店があったぞ。最近日本でも安い飲み屋で、こういう立ち食い焼き肉屋って増えてきたが、なるほど、ここはそういう店の元祖みたいなもんか。創業52年という由緒ある店なのである。

 ソソモンヌンカルビチッ ヨンナムシクタン


  立って食べるカルビ店。




 もう匂いがたまらないのね。こういう名店にありがちな、品物はソカルビただ1点のみという、潔さ。好きだな、そういうの。


  メクチューを頼んで昼間から乾杯。朝がたホテルの呪縛霊にとりつかれてゲロしていたとは思えないくらい、スイスイアルコールが沁みる。男の人が網を持って来て、炉の上に載せると、これで準備OK

  ほどなくアジュマがもってきたのはタレの器3、ミソ、ニンニク、青唐辛子。そしてびっくりするほど大きなソカルビ。目の前でハサミでざくざくと切ってくれる。タレはひとつづつ置かれ、ひとつだけは炉の上に載せられる。COZZLE氏に尋ねるとタレの中身は一緒だという。熱いか冷たいかの違いで、お好みで使えばいいとのこと。青唐辛子はミソをつけて食べる。

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  まずはソカルビ2人前を焼く。炉がいいのだろう、すぐに美味しそうに焦げ目もつき、食べごろになる。のんびり構えている暇はない。ひたすら食べるのみだ。炉の上に載せたタレは熱せられて常にグツグツ状態。肉を取り、その熱いタレにつけて、口に放り込む。


 おおおおおおおおおおお!!!!!!!これは美味い!


  タレにはにんにくも入っていて、それを食べるとほくほくしていてこいつがまた美味しい。この肉、半端じゃない。


   タレはあるいは甘いと感じる人もいるだろうけど、すごく優しい味だと僕は思った。何より炉の火加減が絶妙であり、また立って気取らず食べるというところも楽しい。それから肉も美味しい。確かに日本の高級焼き肉店や、最近増えてきた、それほど高くなくても美味しい肉を食べさせるところが出す肉に比べれば、どことなく野暮ったいかもしれないが、僕は好きだ。

  猛烈に食べる。すぐに2人前を追加注文する。「この間は3人で15人前(だっけ?)食べたんすよ」と、COZZLE氏が言う。確かにこの美味さならひとり5人前食べる気持ちはわかるなあ。



  周りを見ると家族連れ、父と息子、カップルなど、地元の客で早くも満員。12時オープンと同時にお客さんが押し寄せるのだという。ああ、うまい。韓国に来て、一番美味しいと思ったのは2年前に食べたサムゲタンピンスだったが、今日のソカルビはそれを超えたな。さらに1人前だけ追加して、満腹になり、大満足で店をあとにする。


 店を出るとやはりそこは昼間からホテル街。悪いが僕はここに来てしまえばたらふく食べてしまって、とてもそんな気にならないだろう。そう考えればこの店はちょっとパラドキシカルな店なのかもしれない。



 

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     交通費、食事代ともにCOZZLE氏のご厚意

   ゆえに ゼロ

 

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