あんたのせいだぜ。(カリスマ讃)

淋しいのはみんないなくなるから。

脚本家の市川森一さんが亡くなった。


  今年は本当に好きな方が何人も亡くなった年だった。歳を重ねたわけだからしかたがないのかもしれないが、切ない。


 僕はこの人のドラマが大好きで、とりわけ思春期には大きな影響を受けたものだ。


 最初の出会いは「ウルトラセブン」だ。今さら僕ごときが言う必要も無いのだが「ウルトラセブン」は僕らの世代には決定的な影響力を持っていた番組で、市川さんはどちらかといえば円谷マターではなくTBSマターで起用された人でもあった。このあたりは氏が書いた「私の愛したウルトラセブン」などを読むとよくわかる。「北へ帰れ」「盗まれたウルトラアイ」などはいい話だった。「帰ってきたウルトラマン」でも「ふるさと地球を去る」なんていうすごい話も書いている。




 市川さんは長崎県諫早市の出身。敬虔なクリスチャンで、作品にもその影響はかなり出ている。

 85年に書いた「親戚たち」はこの諫早を舞台にしたドラマで、ふうけもんの雲太郎を演じた役所広司と、サントスの根津甚八のアンサンブルが良かったのと、何より諫早の用地買収話を軸にしつつ親戚たちが解体されてゆくという、なんとも素晴らしい作品だった。

 今でも最終回で、根津甚八が自分を土壇場で裏切った手塚理美に向かって言うセリフ、「おいもあんたを愛してる。ばってんが、あんたはおいの夢を打ち砕いた。夢を奪った女とは一緒になれん」は忘れられない名言。また、諫早の詩人・伊藤静雄の詩がひんぱんに出てくる(雲太郎が女を口説く時に使うから)のだが、この冒頭の一節は憶えてしまったほど。「北の国から」があまりに有名だが、同じ中村Pの作品ではこの「親戚たち」も見逃してはならなかった、かなりおもしろいドラマだったと思う。


 「傷だらけの天使」では全話の中で8本しか書いてないが、何と言っても第一話と最終話が市川作品。多分これ以上のドラマはその後結局なかったんじゃないか?と今でも思えるほど、素晴らしいドラマだった。

  最終回、亨が「淋しいよ、みんないなくなる・・・」と言ったあとで階段から転げ落ち、「ここは寒いなあ」と言いながら馬券握りしめ死んでいくところなどは今見かえしても切ないだろうな。


 「淋しいのはお前だけじゃない」は市川さんの代表作だろう。完璧なドラマだった。
  元は「港町純情シネマ」の姉妹編とでも言うような流れで作られたドラマだが(もちろん話は全然違う)、借金返済と旅回りの大衆演劇の一座と取り立て屋と間にはさまれた男、という構図が抜群で、大衆演劇のパロディを隠れ蓑にしつつ、リアリティとファンタジィとをうまく調和させてしまったし、大団円は「スティング」ばりの展開とあっては、ドラマ好きなら必見だろう。


黄金の日々」は歴代大河の中でもかなりおもしろかった作品。

 織田信長(高橋幸冶が快演)の狂気とカリスマぶりはこの作品が一番出せていたように思うし、のこぎり引きや窯湯で、磔など、割と残酷な描写も少なくなかった。氏のクリスチャンであるという部分がかなり投影されていて、荘厳な趣すらあった。

 特に夏目雅子演じるモニカは綺麗だったなあ。


 地味ながら小品にも愛すべき作品は数多くある。その構成に感心したのは「万葉の娘たち」。

  奈良の女子大が舞台。ある奈良の短大でひとりの女講師が入水自殺したところからはじまる物語で、それに関連した4人の女子大生の話をそれぞれの立場から描いた4話連続もの。毎回同じ場面が登場するが立場によってまったく違う状況に見える、ということを実に巧く見せてくれた。


夢の指輪」は、実際の氏の体験からインスパイアされた物語。療養所にいる病弱な母が窓から形見として投げ渡した指輪。うまくとれなかったということがトラウマになっていて・・・というプロローグが印象的。「鬼の恋舟」の根津甚八もギラギラしていて楽しい。


 それにしても加藤和彦も市川森一も忌野清志郎も亡くなってしまうなんて。これでショーケンまで亡くなったらホントさみしいよなあ。

 

 BGM

    LOVE IS BLIND (「グッバイ・ママ」より)

              JANIS IAN

地上の虹

New Standard」は傑作。

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  すべてのナンバーが良い。「東京物語」で手ごたえをつかんだのだろう、さらに今作はそこから余計なものをそぎ落とし、楽曲もレベルアップし、ミュージシャンも手練れと気鋭をうまく混ぜ、シンプルでストレートな挑戦。正直多くを期待せず聴いて、冒頭のストリングスの響きから「おっ、今回は何かすごそう」と思いなおし、何度かリピートするうちに虜になってしまった。


  冒頭の美しいナンバー「Losing」のアレンジは前田憲男。貫録で美しいサウンドを作り上げている。前田はラストナンバーの「夏の夜明け」も担当していて、そこでも美しい弦の響きを聴かせてくれる。


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  作詞を担当しているのは小泉亮。松本隆とは違う世界。それもまた新鮮。「サヨナラゲーム」なんてケビン・コスナーの、小品だがなかなかの映画からインスパイアされたんだろうけど、ちょっと松本隆っぽい匂いも残しつつ。


  「ファーベーラの冬」「reserved」からラストへと続く流れはとりわけ素晴らしいのだが、中でも「地上の虹」というナンバーが大好きである。へこんでいる時などこれを聴いて元気出したこともあるくらい。この歌のような感覚が大好きなのだなあ。



  
屋根の上にあがり 青空見上げて叫ぶ

あいつの歌声が 町に轟く


   雨の日にも一人 楽しそうに手を叩く

あいつの姿見ては 誰もが笑う



   さあ みんな 今日も もっともっと

元気を出して

さあ 汗を流し 太陽の下で もっと 働こうよ



    腰に光るナイフ差し 大きなバケツを下げて

自由に生きていた 少年の歌

 

アスファルトの上に こぼれたガソリンのような

あいつは永遠の 地上の虹さ



   曲調は佳孝十八番のボッサからサンバへ。本当に耳に響きの良いサウンドである。

 



これ以降、残念ながら僕の中では往年の力作を越えるアルバムはない。が、「鯨は泣いている」や「太陽のメロディ」「遥かなディスタンス」など素敵なナンバーもあるし、最近の佳孝は人に聴かせるのではなくて自分が楽しむためにアルバムを作っている気がして、それがとても素晴らしいと僕は思う。


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   人間、人のため世のためにがむしゃらになって、自分の持てる才能をすり減らすことは絶対に大切だし、身近にいる大切な人のために生きることも大切なんだけど、ある程度の歳月を経たら自分が愉しむ生き方が大事なような気がする。


   歳とって人や世の中に過分な期待をしたり、身近なものにエゴを振りまくようなことでは、きちんとした生き方とは言えないのではないか。

  いい歳をとったら自分の愉しみを優先し、そいつを誰にも迷惑をかけずに自分だけでやっちまうこと。それでいくばくかの金まで稼げて生活できるのであれば、そんなに幸福な生き方ってないんじゃないかな。そう、そのためにはもう今のうちから毎日の生き方を考えながら誘導すべきかと思う。



   南佳孝は、たとえば同年代のアーティストの誰かがいまだにステージの中央に立ちたがりつつ、CMなどで金を稼いだりバラエティーに出たりして俗臭を撒き散らしたりするのとは明確に違う生き方をしている人だ。



   好きな歌を好きなように演る。勝ち負けとかどうでもいい。成功なんか関係ない。好きなファンがリスペクトし、楽しくやろうじゃないか、という感じだ。


   ずっと大人のための良質の音楽を作り続けている。若いミュージシャンとも積極的にコラボしまくる柔軟さを持ちながらも案外頑固に基本スタンスは変えない。そんなところも大好きだ。自分もそんなふうでありたいと思って生きている。



   そんな佳孝をずっと追いかけてきて良かったなあとつくづく思う。

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  そうして多分最後には緑の庭の椅子なんかに座って、眠るように死んだりするのだ。誰のものにもなりませんからね、とすげなく釘をさした女のことなんか考えながら。


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  BGM
   
   夕陽追って
        南佳孝

 

ピストル

 映画的といえばファーストアルバム「摩天楼のヒロイン」もきわめて映画的だ。

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 松本隆と矢野誠というふたりの色が濃厚な作品だが、そこに佳孝の銀幕趣味的なものがうまく調和している。考えればある意味このアルバムには佳孝のすべてが既に詰まっているといってもいいだろう。

おいらぎゃんぐだぞ」など、本当に名曲揃い。

  アナログ盤だとヒーローサイドとヒロインサイドに分かれていて、とりわけヒロインサイドの完成度はやばいくらい。


 表題曲の「摩天楼のヒロイン」では7分に及ぶ大作だが、冒頭の、3分30秒に渡るイントロは美しい。まるでガーシュインを聴いてるかのようだ。歌の内容もキュート。ハリウッドの黄金時代、MGMのミュージカル映画のような世界。このアンサンブルのレベルの高さは尋常ではない。

  彼の帰りを待ちながらスープを煮る女、春を売ってるから年がら年中冬の人生さ、と泣いてる女、午前七時に道端で息をひきとる女と、ろくな女は登場しないのだが、それがまた素晴らしいのだ。

中でも「ピストル」はいい。この詩は傑作だ。

 

 わたしが珈琲沸かし

 あなたがシュガーを入れ

 だまりこくって飲む

 それからあなたがめくる 新聞の音

 

 あなたがパンを焼き

 わたしがバターを塗り

 だまりこくって食べ

 それからあなたはネクタイ結ぶ

 

 じゃあ行ってらっしゃいな

 おかえりはいつ

 車に気をつけてください

 

 あなたは振り向かない

 わたしはじっと見つめ

 玩具のピストル出し それから

 こめかみにあてて撃つ

 

倦怠期の夫婦の歌なのか、別れたがっている女の気持ちを歌った歌なのか、ずっとそんなふう思っていたのだけど、ある時、これはあるいは不倫の歌なのかもしれないとも思った。なかなか深い歌詞である。


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僕が最初からCDで買った佳孝のアルバムが「Vintage」だ。

  ちょうど松本隆の映画の主題曲になった「Girl」というナンバーも入っていて、それなりにキャッチーなアルバムなんだけど、やや不満が残る作品。アレンジやサウンドは手練れてはいるが、核となるものがないというか、求めるレベルが高すぎるのだろう、今までアルバムに捨て曲がほとんどなかったことが多かったのに、それが少しづつ出てきてしまったので。


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 次の「Daily News」も同様にやや辛口の評価。ただ前作に比べるとサウンドのエッジが効いてきていて、緊張感のある曲もいくつかあるので聴きどころは多いと思う。


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  「プールサイド」を彷彿とさせる「Backstroke Swimmer」、結構カラオケで歌うことの多い「Paradiso」、アレンジが秀逸な「Daily News」など。


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  その流れは次の「東京物語」へと続くのだが、このアルバムは素晴らしい。

  気鋭のミュージシャンとのガチバトルな演奏、全体を貫く音像(うまく言葉が思いつかないが、聴いてもらえれば何を言いたいかわかってもらえるはず)、東京というモチーフ、いずれも熟したカッコよさである。若気の至りは声をひそめ、大人の愉楽といった趣で、ナンバーによっては60年代のキャバレー・ビッグバンド的なものまである。


 「海辺の家」は名曲。アコギとバンドネオンというたまらない組み合わせ。JAZZYMOODYなこのアルバムのちょうど真ん中にオアシスのようにそっと佇む。なかなかの配慮だ。



 
あたたかい雨が ほほを流れてゆく

傘もささずに 二人肩を寄せ合って

夏が過ぎゆく

海風に乗って

今は誰もいない 浜辺の小径



 「親父」も佳孝らしくないナンバーではあるが、まるでゴスペルのようで心に響く。こういう歌も歌うんだなあと、最初に聴いた時に思った。


   BGM
                    無口な夢
            南佳孝 

80時間風船旅行

次にリリースされたのが意欲作「冒険王」。

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  佳孝がファンだという小松崎茂の世界をモチーフにしたコンセプトアルバムで、とにかく素晴らしい。カラオケに行った時に時々歌う「スタンダードナンバー」も収められている。

 

愛ってよくわからないけど 傾く心がいいね

 

PEACE」も自伝的作品。

   世代的には僕は間に合わなかったけど、この歌に歌われるような日常には強く憧れたものだ。



    
ゴダールの映画って 難しくて嫌い

 コルトレーン聴きながら 煙草をふかしたね

 「PEACE」は ほろ苦い味がしたけど

 

 君の部屋のTV

 月に舞い降りる船を見た

 

 哀しいくらいに 憶えているよ

 やさしい仕草も 話し方のくせさえ

 

 

楽曲も「オズの自転車乗り」「80時間風船旅行」「浮かぶ飛行島」「火星の月」「宇宙遊泳」「真紅の魔都」など、その線に沿ったものが並ぶ。大人が遊んでいる感じが横溢していて、非常に楽しい。


   中でも聴きどころはラストの2曲、「黄金時代」と「冒険王」。

 「黄金時代」は「Manhattan Gigolo」と似た内容の歌。

   栄華を誇ったギャングスターが金も女も力もすべて手に入れたのに、ありふれた幸せに満ちているスイートホームだけ手に入れることができず、故郷のシシリーを思い出しながら拳銃自殺するという内容の歌。小気味良いテンポが心地よい。中間のピアノソロもいい感じだ。


  タイトルロールを見るような雄大なナンバーが「冒険王」。

   人外魔境に向かう探検家が国にいる、ある女に書いた手紙といった歌詞。聴きどころはやはり冒頭の美しいストリングス。そこから歌い出しの「密林の・・」に至るあたりの流れが好きだ。こういうのを聴くと、現実を生きながらいろいろ空想する楽しみをあらためて思い出せるからいい。ま、こちとら生まれた時から筋金入りの空想家ではあります。


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   同じようなコンセプチュアルなアルバムとしては
LAST PICTURE SHOW」がある。

 文字通りテーマは映画。曲のタイトルも映画のタイトル。なかなか渋い映画が好きなんだなということがわかる。

   ライナーで佳孝自身が書いているが、70年代のニューシネマの氾濫のさなかに観たボクダノビッチの作品が好きだということで、タイトルは「ラストショー」というわけ。

   僕もアメリカン・ニューシネマは相当観たが、佳孝同様、ボクダノビッチやポール・マザースキー、ハル・アシュビー、ジョージ・ロイ・ヒルあたりの作品に結構思い入れがある。「ラストショー」ももちろん好きな映画だが、「Paper Moon」のほうが好みかな。


   表題曲の「ラストショー」には思い入れがある。かなり切ないナンバーで、当時の自分の心境とも重なって、聴くたび痛い気持ちになった。さすがに今ではそんな思いも抱かないけど、梅田のライブハウスで生歌を聴いたときはちょっと泣きそうになったことは憶えている。




  
赤い河、駅馬車、アラモ

もう少し強ければ

君に サヨナラ言わせずに

生きてるよ 今でも


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水の中のナイフ」は本家の映画とは全く関係のない内容の歌。恥ずかしいからさらりと書くと、HONEY MOONの時を思い出しながらいつも聴く。



  「スケアクロウ」は映画を彷彿とさせる内容で、この歌も映画のジーン・ハックマンとアル・パチーノのように「おまえってほんとにいい奴さ」という男たちのことを歌っている。好きなナンバーだ。生きる勇気が湧いてくる。



   実はこのアルバム、CDになってから収録曲が増えていて、「避暑地の出来事」もそんなナンバーのひとつ。

   最初に買ったアナログ盤には収録されていなかった。アナログ盤では「水の中のナイフ」がラストを飾ってたと思う。映画の素敵なところは観返すごとに、それを最初に観た時のことも思い出すことだと思うけど、「避暑地の出来事」という歌もそんなことを歌っている。「永遠の青さが哀しかったよ」というフレーズはちょっと胸にせまる。



    BGM
           ジョンとメリー
          南佳孝 

素足の女

このままキャッチー路線を走るのならもう以前ほど感情移入しつつ聴くこともないだろうななんて思っていた矢先、佳孝がやはりセンスのあるミュージシャンだなと再認識し、かつとても嬉しかったのが次のアルバム、「SEVENTH AVENUE SOUTH」だ。


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以前から顔をのぞかせていたNEW YORKERの世界のコンセプトアルバム。名うてのミュージシャンを集めてのNY録音。サウンドもゆえに質感としてはJAZZYAOR。バブリーな時代の空気を先取りしているとも言えるが、すこぶるお洒落。

   集められたミュージシャンの顔ぶれもすごく、その筋の音が好きな人には垂涎もの。Nick De Caroをキーマンに、Tony LevinDavid Spinozza David Sanborn Ralph Macdonald など。

  冒頭、SanbornAlt.が響くだけで、前作とはまったく違う世界が始まったことは明確にわかる。

 「髪を切ったら綺麗になったね 前のほうがずっと好みだったけれど」なんていうフレーズが切ない「COOL」というJAZZYなナンバーから、ニール・サイモンの芝居のような「Scotch And Rain」へ。まさにAORの極みみたいなナンバー。

  「夏服を着た女」へとその流れは続く。かつての「プールサイド」あたりを彷彿とさせるナンバーで、嬉しくなる。サビのところの音像はとにかくカッコイイ。

 「天文台」という結構ドラマティックなナンバーがかえって浮いてしまうくらい、このアルバムの雰囲気はカバーに使われたEdward HopperNighthawksそのもの。

  レコードではB面に入るとやや失速してしまい、そのことで少しこのアルバムの出来栄えに影を落とすのだが、「口笛を吹く女」は最高に震えるナンバー。この歌だけNYとはかけ離れた情景を歌っているからトータルコンセプトという意味では弱いのだが、このナンバー単独ですごい存在感があるので、気にしないでおこう。


 

この頃の佳孝は実に冴えている。アルバムごとに意欲的な実験をし、趣向を変えて飽きさせない。

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  次のアルバム「Daydream」では井上鑑をアレンジャーに起用し、新たなリゾートミュージックに挑戦している。

  ミュージシャンも新たな顔ぶれを起用し、今までとは違うサウンドを作り上げている。結構ライブ映えするナンバーが多いのか、よく演奏しているので本人も好きなアルバムなんだろう。この中では「素足の女」「昼下がりのテーブル」「サマー・ミュージアム」がかなり好きだ。


  もちろん「素足の女」は来生お姉さんの歌詞。本当にカッコイイ女書かせたら別格だな。


  
朝の風 流れる雲

気の早いパラソル 素足の女

消える月 紛れた空

すそをたくしあげて 見上げる女

 

ああ、何て素敵なのかしら。また佳孝メイドな女にKOされる。


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昼下がりのテーブル」は愛おしい歌だ。

   今まさにこの歌をしみじみ歌いたい気分だ。

 

時代が変わるのを

窓から見ていたよ

でも何にも変わってない

そんな気もするのさ

綺麗になってゆく

おまえを見て来たよ

でも何にも変わってない

そんな気もするのさ

Composition 1

MONTAGE」もキャッチーなナンバー揃いだから流して聴くには申し分ないアルバム。

  初期のアルバムに比べればその分軽いから、物足りない面もある。サウンドにも変化があり、ミュージシャンも代わった。中にはYMOのメンツそのままの布陣もある。キャッチー佳孝時代の到来だ。どのナンバーもシングルに切り取れる魅力を備えているが、中でも好きなのは4曲。


 「Midnight Love Call」も罪深い。またしても佳孝メイドの女子に憧れ。

 

 こんな夜中に電話して ごめんなさい

 ただなんとなく 声がききたくて

 仕事のおじゃまになると 思ったけど

 やっぱり 私 かけてしまった

 

ただ深夜彼と電話でしゃべる、というだけの歌なのにどうにも心に残る。彼氏にも丁寧な言葉使いをする女のひとってそれだけでときめくよなあ。いい女だと思ってしまう。


コンポジション・1」は来生お姉さんのカッコイイ歌詞にまたしてもノックアウト。

 

心底惚れた娘もいたけれど

 釣りあげた途端に 色褪せた魚



  ああ、言ってみたいよ、こんなこと。今でも時々はなうたでこのフレーズだけ歌ってしまう。その前におまえ鏡見ろよな。


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  「月に向って」も実に渋い。

 この詩も松本隆だが、「死ぬなら海がいい 物心ついた時から決めていたのさ」とか、「月の雫を呑みほしてしまえば 波は絹のベール」とか、まあ気障ではあるがイカシテイル。



 「回転扉」はアコギとピアノのアンサンブルの心地よさにまとわれながら、これまた何てことのないホテルのロビーの風景のスケッチを楽しむ歌。

   ほとんどアーゥイン・ショーの世界。佳孝と松本隆はのちに「夏服を着た女」という、文字通りショーをリスペクトした歌を作るので、ファンなんだろうな。僕も一時期彼の小説やニューヨーカーのものは集中的に読んだものだ。


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「スローなブギにしてくれ」が収められている「シルクスクリーン」になると完全にビートルズだ。アレンジからも坂本が外れた。

  そういう意味ではやや敬遠してきたアルバムなのだが、「Hotel」というナンバーでは思い切り生身の佳孝の心情も覗けて、興味深い。

  「スローなブギにしてくれ」は斬新なイントロも含めカッコイイ曲だし、「涙のステラ」「オンリー・ユー」「Groovy Night」など、すぐに憶えられるほどのメロディーラインを持った曲も多い。でもやはり僕の好みからするとこのアルバムには不満が残る。


   BGM
     Midnight Lovecall
                       南佳孝 

Lion Under The Moonlight

SPEAK LOW」も基本線は同じだが、よりPOPさを増している。

   セカンドアルバム「忘れられた夏」から「SOUTH・・・」までがリゾート・シティ・ミュージックの濃厚さが強く、それを残しつつもよりPOPなビートルズ風味に近づくのが「SPEAK LOW」で、そのあとの2枚、「MONTAGE」と「シルクスクリーン」はPOP色をさらに強めたキャッチーなアルバムとなる。おそらくビギナーにはこの2枚が最も聴きやすいだろうし、多分売れてもいるんだと思う。もちろん僕はどのアルバムも相当聴きこんでるくらい、愛している。



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   「SPEAK LOW」にはヒットチューンである「モンローウォーク」が収められているので、このアルバムも聴いたことがある人は少なくないだろう。

   イントロの超COOLなアレンジは坂本龍一。タイトなリズムは高橋ユキヒロ、小原礼、ペッカーという強力なトライアングル。これはイトウコウキ、アオヤマジュン、サイトウノブに匹敵する日本最高レベル。


  「SOUTH・・・」がトータルアルバムとしての完成度で一枚上なのに対し、楽曲ごとの印象度はこちらのほうが強い。ドライブあたりでかけるならこれか次の「MONTAGE」が曲ごとにいろんなイメージでとべるのでおすすめだ。多分、実際聴く回数が多いのもこの2枚だと思う。



  「Lion Under The Moonlight」「渚にて」「Dear Mr.Sharlock」「Vision In The Rain」なども素敵なナンバーだが、この中ではラストの2曲、「Manhattan Gigolo」と「Simple Song」が最高。

  佳孝も、よく歌詞を書く松本隆も映画が好きなので、映画のようにイメージがすぐ浮かぶ歌が多くなるのは当然なのだが、「Manhattan・・・」ではもっとストレート。ここで歌われるのは「真夜中のカウボーイ」だ。N.Y.の片隅でひっそり死んでいった田舎者の歌だ。「優しい女が一人でもいりゃ そいつと故郷で暮らしたかった」というフレーズが哀しい。





  「Simple Song」は佳孝のナンバーの中でもかなり好きなうちのひとつ。静かな印象、シンプルな音像だけに、詩が沁みる。坂本のピアノに少しのストリングスのみ。

   特に大好きなフレーズは「海は旧いともだち」というところだ。

 「小屋の鎧戸開けて海風を聞いた」というところも鳥肌が立つくらい素敵だな。


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 実は仕事のOFF状態の時の僕はこんなことばかり考えてたりする。こういうフレーズがいいなあ、とかいうことを考えている。誰のものにもなりませんからねという女はいいよなあとか、そんなことも考えている。世が世なら僕はただの風流な人だ。平安時代なら超モテているな。でも下膨れの女官はごめんだな。

Vision In The Rain」には思い出がある。

  暗い港、電話ボックスの中の男。外は雨。男は偶然、雨の中泣きながら女が男の頬を打つ場面を見る。それだけの歌だ。


   このナンバーを元にシナリオを書いた。19歳の頃だ。


 港の脇のBARと、男、マスター、そして雨の中喧嘩別れする恋人たち、電話の向こうの彼女の声、だけで繰り広げる映画だ。

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  ある女の子に読んでもらって褒めてもらった。出演は断られたけど、別のものは手に入った。

 そんなこともあったから、思い入れはそれなりにある。映画は結局着手できなかった。なぜなら自分で言うのも何だがシナリオがカッコよすぎて誰も演じることができなかったからだ。カッコイイというのは自画自賛してるのではなくて、文字通り思い切り酔ってる内容だから、19歳の時ならまだ許せたんだろうけど今ならとても許せないものだ、という意味だ。当時も普通の感覚の学生たちは「到底こんなの演技できない」とみんな逃げたのだ。


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南佳孝の中でどのアルバムが一番好きか?と聞かれたら、「SOUTH OF THE BORDER」と答えるだろう。


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   1枚目の「摩天楼のヒロイン」もプロデューサーの矢野誠と松本隆の色が強く、どことなく世紀末のセンチメンタルでノスタルジックな色彩の強い作品で、もちろんそれは日本音楽史上屈指の名盤ではあるのだが、SECONDアルバム以降、初期の佳孝のアルバムに共通する色彩、それの完成系がサードアルバムの「SOUTH・・・」だと思えるからだ。


 

 初期の佳孝のアルバムに共通するもの。都会とリゾート。アイロニー、洒脱、粋。ニューヨーカーの小説の世界。

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   サウンドはJAZZ,BLUESや中南米の要素を取り込んで西海岸風にしなやかに加工したバーバンクサウンド風でもあり、基本的には強く影響を受けたリバプールのサウンドがベースにある。つまり僕の大好きなTIN PAN ALLEY系。(荒井だった頃のYUMING、タツロー・ヤマシタ、ムーン・ライダース、矢野顕子、大貫妙子、加藤和彦、初期竹内まりあ、吉田美奈子、ブレバタなど)。
  聴きやすいサウンドで、アレンジが秀逸であり、ミュージシャンも手練れ揃いだから、きわめて完成度は高い。佳孝の声自体がそういう世界に合っているわけだが、苦手な人はいるだろう。特に女の人の場合、男性の声の好き嫌いは大事なポイントだから、サウンドや歌の世界観が素晴らしくても声がNGなら先へは進めないと思う。

 


 「SOUTH・・・」で出色の出来栄えなのは「日付変更線」だ。

   YUMING
の歌詞、コーラスには大貫妙子を起用。アレンジは坂本。音は基本TIN PAN ALLEYのメンツががっちり固めている。けだるい別れの余韻を背負いつつ、男はスローな貿易風に誘われて日付変更線を越えながら時をまたぎ、もう二度と彼女の瞳をのぞかないとうそぶく、そんな歌だ。



 麻のスーツの浅黒い男。南洋植物。汗とアルコール。青いセロファン。酔ってる間だけうまく滑る口。古い傷。終末のサンバ。こんな言葉が次々に繰り出される内、いつも見なれた部屋に見知らぬ南の海辺の風景やそこで渦巻く人間模様が浮かんでくる。



 これも人気が高い「プールサイド」。

  色っぽくてお洒落な歌詞を書かせたら右に出る人はいないと思える来生えつ子の詩がカッコよすぎる(ちなみに彼女は来生たかおの姉。彼のデビュー曲「浅い夢」もすごく好きなナンバーだ)。はじめて聴いたのは中学生の頃だと思うが、大人になったらこういう世界が待っているのかと、薔薇色の夢を見れたものだ。特に少年の胸も股間も膨らませたのはこんなフレーズ。



 
きれいだよ その水着 濡れると色が変わるね

 ただ見とれてるよ しばらく息をとめて

 熱い視線に気づいたのか きみはピッチをあげる

 私なら 誰のものにも なりませんからねと

 ただ 一言だけ すげなく釘をさしたね


もちろん、一番魅力的なのは「誰のものにもならない」、だ。こういう女に憧れた時点でその後の暗い恋愛人生が約束されてしまったのだろうな。その意味では佳孝の罪は軽くないと、人のせいにして。


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  「ワンナイト・ヒーロー」から「ブルー・メロディ」への流れもたまらない。二日酔いの海に沈みながらもときめきの名残りを追いかけ、心は乾きながらも荒野を望む、なんてことを歌った歌。男たるもの、かくあるべし。



 BGM

    SOUTH OF THE BORDER

                              南佳孝

これで、準備OK。

 藤田敏八が片岡義男の「スローなブギにしてくれ」を映画化すると聞いた時には期待と不安が入り混じったものだ。


    古尾谷雅人と浅野温子に加え、山崎努という布陣は「悪くない」とは思ったものの、たとえば「神田川」や「赤ちょうちん」、あるいは「8月の濡れた砂」などをずっと追いかけてきた藤田ファンとしては、彼の世界と片岡の世界はまるで水と油のように思えたからだ。

   案の定、映画の視点はいつものように冴えない中年男=山崎努中心に動き、その中では投げやりな古尾谷も、今で言うところの「不思議ちゃん」浅野も全然乾いてなくて、思い切りベタでWETで、そういう意味では見事な日本映画になってしまっていた。ああ、こういうの観たくなかったのに。と、観たことを本当に後悔したものだ。

 

 当時、角川映画というのは宣伝が非常にうまくて、この映画の予告編も、風にはためく白いTシャツ、夏の照り返し、およそ日本的ではない福生や横須賀的風景などがうまく録りこまれていたし、何よりそこにかぶさる南佳孝のタイトルナンバーがカッコよく、見事にだまされてしまったのだった。

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 今でもカラオケなどで南佳孝の歌を歌おうかなと探すと、基本的にはあまり入っていないのだが、「スローなブギにしてくれ」と「モンローウォーク」と「スタンダード・ナンバー」(「メインテーマ」のこと)はほぼ入っている。だからこれらの曲を歌うことは多くなる。本当はもっと素敵な曲はいっぱいあるのだけどな。


 というわけで、このブログも年内に終わることだし、大好きな南佳孝のこととかも書いておこうかと思う。ま、いくらでも話せるけど、特に好きな歌のことなど抜粋して。


  BGM

        これで、準備Ok

                  南佳孝

Was a sunny day.

 S&G屈指の名曲であり、まさに20世紀を代表する曲のひとつである「Bridge over troubled water」の核となるフレーズはPAULが好きだったSwan Silvertonesのナンバーからとったものだったと、彼らのことについて書かれた本に載っていた。

   少年時代ブラックゴスペルに傾倒していたPAULはこのフレーズが気にいり、のちにゴスペルを自分が書く時のためにと、その歌詞を記録していたらしいのである。


    I’ll be a bridge over deep water if you trust my name.

 

その意味で言えばあの感動的なフレーズはまさに長い時間をかけてゆっくりと彼の心の中で熟成された言葉だったと言えるのだ。



  曲は確かバッハだったか、讃美歌からインスパイアされたものだ。このナンバーをカバーしたアレサ・フランクリンバージョンは実際南アフリカでは教会でゴスペルとして歌われているのだと、数年前のNHKの番組でも紹介していた。


    興味深いのは、そのナンバーを書きあげた時にPAULはすぐにそれが自分の最高傑作だとわかった。そして当時壊れかけていた絆を修復する意味も込めてこの偉大なナンバーをアートに歌わせるべきだと判断した。そのため彼はキーまで変えてアートに見せたところ、意外なことにアートの態度が冷淡だったのでPAULはひどく落胆したという話である。

   最終的にはこれがS&Gの活動の限界をも内部では露呈してしまったナンバーということになるのだろうか。それだとすると、なんとも複雑な気持ちになってしまう。


  ある人はこの歌詞そのものがPAULからアートへのメッセージだと言う。


   
PAUL SIMON
にしてみればルックスも知的な印象も、天使のような唯一無比の歌声も、そのすべてがあらかじめ備わっていたアート・ガーファンクルに対する嫉妬はかなりのものだったらしい。

   僕もそう思ったがS&Gの曲を聴いて最初に彼らを見た時にちびで地味なPAULのほうが曲を書いているのだと思った人はいないだろう。

   おそらく実際はもっと残酷で、PAULが作った歌でもアートが歌うのが当然であると少なくない人が思ったであろう。PAUL自身もそういう見方があるだろうことはわかっていて、だからこそ自分が最高傑作だと思ったナンバーでさえ、グループのことを思えばアートが歌うべきだと判断したのだ。正確にいえば彼にしてみればこれは自分が我慢した上での譲歩、それもメガトン級の譲歩だという思いがあったに違いない。その思いが忖度されることもなく、むしろ気もそぞろな態度を示されればそりゃ張り詰めた糸も切れるよなあ、と思う。

  しかしながらアートにしてみればそんなPAULが単純に鬱陶しいと思ったかもしれないし、PAULのような素晴らしい曲を作るという才能も自分にはなく、その結果ではあるがグループとして活動していても手にするお金はとんでもない差が生じているし、これ以上歌の道で彼と張り合っても勝ち目もない、という気持ちもあっただろう。



   このあたりの互いの思いのすれ違いはとても残念だが、しかたがないのかもしれない。


   Time it was,

     And what a time it was,

     It was  A time of innocence,a time of confidences

     Long ago,it must be,I have a photograph

     Preserve your memories   They’re all that’s left you.


  これは「Old Friends」に続く「ブックエンドのテーマ」と呼ばれる短い曲の歌詞だが、なんとも切ないではないか。

かつて純粋で信頼に満ちた時があったんだ、ずっと前にね。ほら、そんな大切な思い出は大事にしなけりゃ。だって、君に残されたのはそれだけだから・・・。


  

それでも他のアーティストと違って、SIMONGARFUNKELは時々ふらりとジョイントしては、素晴らしいハーモニーを聴かせてくれる。ほんの少し前のライブも鳥肌が立つくらいに良かった。枯れてなお味がある。いくつもの葛藤を越えた上での味わいがある。何と言っても気の知れた友人なのだ。


 

 さて、春の予感が漂い始めてきたことでもあるし、静かな夜にはPAUL SIMONを聴くことにしよう。そうだな、これも名曲、「Train in the distance」あたりから。



     She was beautiful as southern skies

     The night he met her  she was married to someone

      He was old,he was young・・・。

 

BGM

   Like a bridge over troubled water

   Train in the distance

   Bookend theme

                PAUL SIMON

Still crazy after all these years.

 ソロになってからのPAUL SIMONのアルバムでいえば最初の3枚が好きで、これについてはどれも甲乙つけがたいものがある。

  風呂ではなうたを歌うことがひとつの指針になるとするなら、いくつか楽曲は絞られてくる。

  「Mother and child reunion」「Me and Julio down by the schoolyard」「congratulations」「my little town」「50 ways to leave your lover」「gone at last」「some folks’lives roll easy」「have a good time」「hearts and bones」「train in the distance」「rene and georgette with their dog after the War」「the late great Johnny Ace」「Take me to the mardi grass」「American tune」「Saint judy’s comet」「Slip Slidin’ away」「something so right」などがそうだ。


  そんな中の一曲に「Still crazy after all these years」(時の流れに)がある。

   この愛すべきナンバーの歌詞が、僕はすこぶる好きなのであった。それこそ中学生の頃に出会ったアルバムであり、ここに書かれたことなどわかるはずもないのだけど、どこかで生きることに疲れていた!当時の僕に(おいおい、中二病かよ)沁みたのだった。


   内容はシンプルだ。

  人づきあいが上手ではない男がいた。新しい何かを始めようとするでもなく今のままどこか投げやりなスタンスで生きているような男がいた。

  そいつが街かどで昔のガールフレンドに会って、今でも彼女のことが好きだということに気がつく。再会を祝して酒まで飲んだのだからやり直せないこともないかもしれない・・・。

   しかし、男は明け方の4時、アクビをひとつしながらこう思う。


  「人生なんて早く終わってしまえばいい。どうせいつかなくなるんだから」。


  それから窓辺に立ち、道路を行き交う車の流れを見ながら「交通事故でいつか自分も死んじゃうのかもしれない」とまでも思ったりする。

  今の生活を守りたいし、何かに期待することすら意味がないんだということも、もう僕にはわかっているんだ。でも、僕はいまだに彼女のことが忘れられないんだ。こんなに時が流れてるというのに・・・。


 

 男は多分彼女とよりを戻さないと決めたのだろう。そう考えるとこの歌の深さがより浮かび上がる。この境地はこの年齢になるまでわからなかったことだが。


   実際、10代の終わりから30代の半ばまで、僕はより演劇的な音楽に興味があったし、個人的なことを静かに歌うことの多いPAUL SIMONCDをそれほど頻繁に聴くと言うこともなかった。しかしながらあらためて思うのはそういう歌の生命力の強さというか、いつでもそういう歌こそ自分の中に居場所があることである。


  

 BGM

     Still crazy after all these years

                        Paul simon

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