まだ前座だった頃のある落語家の話。

 

演芸場の裏手に変哲もない蕎麦屋がありまして。寄席がはねると師匠が「ちょいと行くぞ!」と、前座たちを引き連れ其処へ。いつだって腹をすかせている前座たちのこと、大喜びではありますが、すぐにはありつけない。

 

 まずは師匠方がビールと板わさなんかで喉をうるおす。漬物なんぞ出てくりゃこいつは熱燗だってことでしばしゆるりと酒のお時間。

 

それが終わるとようやく許可が出て、いつものやつにありつけるってわけで。もりそばと玉子丼。これっきり。師匠たちはそれを横目に天種なんかをさくさく食べてはしめの蕎麦をたぐってる、という塩梅。

 

 そんでもって前座たち、懸命にこづかいを貯めまして。師匠たちが決して前座を引き連れていかないような名店へと凱旋。がん首揃えてえらそうに。「天ぷらそば!」と威勢だけはいいが柄でもなし。背伸びの極み。

てことで蕎麦屋名店の主、「うちはなあ、前座に食わせる蕎麦なんざ置いてねえ。二つ目になってから来な」と、追い払う。

 

 さあ悔しいのってなんの。一同紛糾しつつ、結局はいつもの変哲もない蕎麦屋へ行って、ここでも性懲りも無く「天ぷらそば!」。


 案の定親父がすっ飛んでくる。「いつものやつじゃねえのか?」と念押し。前座たち、腹立ちまぎれにいきさつを話すと、それを聞いた親父さん、「よし、じゃあ出してやろうじゃねえか」。

 

 こうして天ぷらそばにありつけた前座衆。さて帰る段になると、店の親父さん、こう言ったそうで。



 「お代はいらねえよ。真打ちになってくれりゃあ、そん時払っておくれ」


 

 なんだか「一杯のかけそば」のような話ではありますが、冒頭の、前座と師匠たちの様なシーンは実際ワタクシ、見ておるのです。



 あれは蕎麦屋でバイトをしていた頃の話。


  夕方、一本の電話で板場が凍りつく。

  店の常連だった威勢のよすぎるおじさんからの電話は、要約するとこうなる。



 威勢がとてつもなく良かった仲間が威勢のいいことで死んだ 
 威勢のいいおにいさん、おじさんが集まってお弔いをした  
   とりあえず精進落としはしたが  
 うちの群れの一番威勢のいいおじいさんが蕎麦屋で休みたいと言いだした 
 だから今から行く   
   威勢のいい群れが20人くらいで行く  



 ホール担当はワタクシひとり。いたいけな学生でしたが既に威勢のよすぎるおじさんとは旧知の間柄。何とワタクシ、その少し前に事もあろうにその威勢のよすぎるおじさんが連れてきた、客人で旅の威勢のいいおじさんの難癖にきれて喧嘩をふっかけてしまったのであります。

   いやあ若さというのは無謀なもので。



  しかしこの一件があって、不思議なもんでこの威勢のよすぎるおじさん、なぜかワタクシを「おもろい奴ちゃ」と。ワタクシも馬鹿ですから時々はこのおじさんに「アホですね」とか突っ込んで、そのたび「何じゃと」と、本気で光る目の恐ろしいことと言ったら。


  このおじさん、実は重鎮だったようで。いやあ無知とはすごいですねえ。


   つづく