2011年12月

there,there 2011

午後にキャンプから帰ってくるこどもを迎えがてら、恒例と?なっている築地に出かける。

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  朝早い時間ならそれほど混んではいない。卵焼きや蒲鉾、帆立煮、カズノコなどを買う。何度もうろうろして安くて手頃なものを吟味して買う。7時には余裕で通れた路地も8時前には日曜日の竹下通りくらいになる。さっきは並ばずに変えた卵焼にも40人ほど並んでいる。合鴨は激混み。


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  この時間から売り出されるまぐろの切り落としや焼き豚などの目玉商品にはまるでコンサートの開演を待つようにすでに列ができていて、毎年のことだけど気持ちも萎えて買いそびれる。


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  朝早く出てきておなかもすいたので、場内へ移動し魚河岸横丁をのぞくが、こちらはこちらで混んでいる。では「あたまライス」でも食おうかと「豊ちゃん」に行くが、こちらもTV番組で再三取り上げられたこともあって行列。これも毎年のこと。
朝から「きつねや」でルービーとホルモンっていうのも何だかなあ・・・・。やめておこう。


   結局いつものように「中栄」に入り、500円のインドカレーを食べる。なんてことの無いカレーで、きっと落ち着いて食べたら大して美味しくも無いカレーなんだと思うけど、年末のこのあわただしさの中でぱくつくと妙にうまい。山盛りのキャベツに甘めのソースをたっぷりかけて、辛口のカレーとごはんと一緒にかきこむ。50円の味噌汁も朝の体に沁みる。何よりここは接客が気持ち良い。ここの親父は素晴らしい。



   スムーズに買い物も済んだのでぶらぶらと朝早い銀座を歩く。東京で一番好きな街だ。スターファッカーズで珈琲を飲む。



  12月はそれにしても呑み過ぎた。お気に入りの店総仕上げといった趣。蒲田「鳥万」、船橋「加賀屋」「一平」、上野「大統領」「大山」、立石「宇ち多」、大宮「かしら屋」「日高」「いづみや」、有楽町「登運とん」、野毛「福田フライ」「山陽」、住吉「山城屋」、錦糸町「三四郎」。
「尾花」の鰻もうまかった。浅草のババアの店もひっそりしていて温かくて沁みたよな。塩原温泉も楽しかったし、大塚での日本酒も忘れ難い。クリスマスの横浜もきれいだった。
 素敵な思い出がその夜の空気と一緒になってよみがえってくる。さる人に言われたけど、ホント、いろいろ楽しんでるよな、なんだかんだ言って。


   今年の呑み収めはいつもの銀座「三州屋」。ビール中瓶と鳥豆腐,帆立フライ。まったりと呑む。


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   今年もいろんなことがありました。いや、ホントに。年明けすぐに氷点下25度のソウルに行ったのだったな。ちょっと遠い出来事の様にも思える。でもあの寒さとともにいつでも思い出せる。
 
 震災という大変なこともあったけど、2011年は個人的に忘れがたい年になったと感じる。



どんな時でも「それを最大に楽しめる、忘れ難いものにできる自分でいる」ようにこれからも生きて行こう。人生にとって大事なことはそういうことなんじゃないかと思っている。



有楽町のアンテナショップや「伊東屋」、ちょっと移動して「八重洲BC」、「100%チョコレート」などを覗きながら時間をつぶし、元気に帰ってくるこどもを迎える。年の瀬の空はいつでもなんだか高くて青くて気持ちがいい。


このブログもこれにて終了。長い間ご愛読ありがとうございました。



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     リフレクション
     畠山 美由紀 (ここ数年で一番聴いてる作品)


 


 


 


 



   さて、いよいよ2011年もおしまい。2012年もいくつか楽しい予定もあり。楽しいだけの一年にしよう。今年同様、きっと忘れられない年になりそうな気がする。

 一足お先に失礼。まだ休みじゃない!という方、すみません。でもぎりぎりまで働くのもそれはそれで充実してるじゃないですか。(と、最後まで黒く。でも書店時代も大みそかの蕎麦屋で働いていた時もそう感じたのは事実)とりあえず皆様、健康には留意して、来年も遊びましょう。また遊んでください。

限りある人生、できるだけ笑って生き抜きましょう!


風花温泉へ。

 誰と別れか

 福渡あたり

 啼いて夜半ゆく  川千鳥

 

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 一年ぶりの、青春18きっぷ温泉隊出動。

 本来なら夏の終わりに新潟の秘湯めぐりをするはずだったが、なんと台風襲来の大洪水で行けなくなってしまった。今年1月に那須湯元温泉に行って以来。今回は塩原温泉で、福渡温泉の「岩の湯」「不動の湯」、塩原温泉の「紅葉の湯」の3湯制覇がミッション。とても寒い日になりそうだったので厚めのジャンパーに、手ぬぐい1本ポッケに入れて、手ぶらででかける。


  いつものようにJR近郊列車の最後尾のボックスシートを確保、エキナカスーパーで買った各人好みの酒を飲み始める。時間はまだ9時前。朝酒のうまさは格別。最近はエキナカにしっかりしたマーケットが入っているのでひじょうに便利かつ快適。


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 福渡温泉バス停で降りる。トホホなくらい閑散としている。まあ、12月のこの時期に温泉どころじゃないだろうな。
 川べりに降りて歩く。雪がうっすらと積もっていて、風花はさっきから舞っている。釣り師がちらほらといる。

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  吊り橋を渡り、結構オープンプレイスな「岩の湯」に、ざぶん。

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  ほほう、向かいの旅館からは丸見えぞな。ちなみにここは混浴だが、もちろん女性の裸身はない。相当勇気がないと入れないだろう。かなり野趣に富んだ湯で、下は砂地。目の前の川景色を見ながらちょうどいい按配の湯にしばしつかる。マナー違反なのでここでは酒はやらない。

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  舞う風花、たちのぼる湯気。俺は口笛でStan Getzの「Split Kick」を演る。それは山あいに蕩けていくのであった。

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  雪道をさくさく歩いて5分、少し川から奥まったところにある「不動の湯」に移動。

  先客が4名と、なかなかの繁盛ぶり。威勢よく脱いでざぶんとつかれば、おや、前でつかっている背中が艶めかしい。40歳くらいの女人であった。先ほどの湯とは違ってまわりは木々で覆われているし、遠くからも見にくいので女性でも入りやすいのだろう。


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  さすがに喉が渇いてきたが我慢してバスに乗り込み、5分ほど揺られ塩原温泉の中心部にたどり着く。かねてから念願の「スープ焼きそば」を食べてみようと、「こばや食堂」に向かい、キンキンに冷えたルービーで昇天しつつ、店のばばあとトークセッション。

  くだらない話をするほどもなく「スープ焼きそば」が登場。

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  冷えた体をあたためてくれる。もっとソースっぽいかと思っていたが案外中華スープっぽい。そのくせそばはソース味。なかなか面妖な食べ物ではあるな。期待ほどではないが、決してまずくはない。ばばあがやたら「紅葉の湯」を薦める。もちろんこちらも行く気で来てる。


  また吊り橋を渡り、対岸の「紅葉の湯」へ。対岸からは見えなくなっているがすぐうしろが散策路という、結構オープンプレイスな立地。例によって寸志100円を入れ、ざぶんとつかる。ここも混浴だが今度の先客は男子2名。ぬるい湯と熱い湯。こばやのばばあが先回りしてつかっていたらどうしようかと思っていたが、そんなことはなかった。



  それにしてもこの2名の先客がかなりファンキーな奴らで、熱い湯の男はやたら洗面器で湯をすくっては外に出す作業を繰り返す。「さっきまで大勢入っていて垢がすごく浮いてるからすくい出しているのだ」というようなことをとりつかれたように言ってきたが、栃木弁なのでよくわからない。まあ好きなようにやらせておこう。

   それでも垢が浮いてると言われりゃ気味が悪いので、熱いほうの湯舟に移動。ところがこっちの男のほうが凶悪だった。いきなりこっちに汚いケツ向けて、ひげをそり始める。それが終わると湯から出ようとして立ちくらみがしたのか、いきなり俺に体当たりして倒れ込んできやがった。まさかモーホなのか!?と身がまえたところ、かぼそい声で「す、すみません」と言った顔がシズオくりそつ!本気出してないだけで湯につかりに来んなよ!と悪態を心の中でつきつつ、湯から必死の脱出を試みる、中気のように手をふるえさせるシズオを見ていた。きっとこいつ、アル中かなんかだな。


  すっかりしらけつつ、温泉街を散歩。なんだかさいごに汚い湯に入った気がして、同行者に内湯に入ることを提案、快諾を得、高そうな旅館に聞いてみたところ、500円で入浴(タオルと、なぜか歯ブラシ付き)できるらしい。一同がやがやと入り、露天風呂に向かう。なかなかの絶景で、湯も綺麗、湯音も湯温もちょうど良い。気分がいいねえ。


  温泉街の半ばにあった酒屋で、帰りの電車で飲む酒を買って、店先で湯あがりのルービーをやる。これはうまい。これ飲むために生きてるのだと、いつもこういう時に思うがすぐ忘れる。



   風花が少し強くなってきて、温泉街にも人が増え始める。どうも泊りで忘年会をする会社もあるみたいだ。若い奴や女性が少ない会社なんだろうか。

  でも、どこにでも女神さまみたいな女性はいるものだ。俺が昔働いていたある会社では伊東温泉での忘年会でバストトップまで見せた女子社員もいたもんな。そういえば学生の時のコンパで、かなり酔った女の子に手をひかれついていったらトイレの個室の前で待っていてくれと頼まれたこともあったな。俺はドアの前に立ちながらかなり豪快な音をたてるその女の音に耳をすませていたのであった。共同のトイレで、幽霊ホテルと言われていた奇怪な場所でのコンパだったからという理由はあるが、それにしてもあれは忘れがたい体験だったな。・・・・何の話だ。


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  帰りの車内で日本酒を空け、そのまま大宮駅前我らが「いずみや」にて仕上げ。朝から相当呑んでるものの、適当に温泉で発散させているのが効いているのか、ずっとホロ酔い加減。

  俺はまたまたStan Getzの「Fools Rush In」を口ずさみながら、家路につく。楽しい一日であった。



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    Complete Roost Session

             Stan Getz

蕎麦にも段々があるんでぇ その②

で、来ましたよ。

  平穏な夕方、黒づくめの威勢のよすぎる集団が。決してうちの店はそういう店ではなかったし、経営者も違ってたんですが。


 まずは段々の底組が入ってきて、「来たど~!」と叫び。

するとちょっと貫禄がありそうなのがひとり入ってくると瞬時に席を確認。すぐにワタクシに向かって、「おう、今から席直すど」と丁寧に表明され、底組を使いつつ勝手に席とテーブルの配置をお直しに。

  何度も言いますがワタクシ、馬鹿で若くて正義感もすこし強いので、そのちょっと貫禄ある剃り込みパンチに「あの、そう並べられると蕎麦をお運びできないんですけど」と、言ってしまったり。



 底組、いきなり「はあ~?」と、首を前方出し。あああ、またやってしまった。

しかし意外なことに剃り込みパンチ、「それもそうやな。おお、元に戻せ」だってさ、プッ!

 底組、また席を直しはじめる。「おまえのせいやど!」と言いたげな目がワタクシを突き刺します。「おやっさんは座敷に上がるから、席は変えんでええんや」だったらなんであんた一度は変えたんや?


 その隙にワタクシ、準備。

 威勢のよすぎる人というのは大抵「ちょっと無理なこと」を通すことに生き甲斐を感じている。「おしぼりが普通ひとり1本なら2本」「(夏だったので)お茶はキンキンに冷えたものを用意する」「しかも決め手は氷の量なのだ」てなこと。各テーブルの上に人数分より多いおしぼりを山にして配置。氷をたっぷり入れたお茶の瓶も置く。グラスとおちょこも適当に置く。椅子はひいておく。

 ワタクシがそれをやりはじめたら「おう、手伝わんかい」と剃り込みパンチが言って、底組がワタクシのまねを。

 そうしてる間に重鎮クラスがベンツから降り、店に向かって歩いてくる。
 すると先の連中と、小走りに来た連中とが入口に整列。ワタクシ、予想外に整列の先にひとり仁王立ちしながら、入口から入ってくる威勢のいいおじさんと差し向かい状態。


 普通のおじいさんが入ってきたと思ったら、その方が一番位の高い方でして、剃り込みパンチが「おやっさん、座敷へどうぞ」と腰をかがめ手をかざすと、「いや、わしは足しんどいさかい、こっちにするわ」と、あっさり入口脇一番下手のテーブルに座ったのである。

  ああ、そこは末席だよ!一同一瞬にしてパニックになる。いつもくる、とても威勢のいいおじさんが「ボケ!葬式のあとや。気ぃつかんかい、ドアホ!」と言って、思い切り思い切り剃り込みパンチをしばく。うん、確かに葬式も精進落としも座敷だったろうし、足は窮屈だっただろう。かわいそうなパンチ氏。


 次々に重鎮から先に末席に座り始めるということに。座敷はなぜか誰も座らない。おじいさんが座らない以上は座れないのだ。

3つしかないテーブルの末席にはおじさんとそれを囲む重鎮4名様。2番目のテーブルには剃り込みパンチも含めた、ちょい重な人たち6名様。そして3番目のテーブルはまるでインドのバス状態。10名様。


 「いらっしゃいませ」と言いながら重鎮席へ熱いお茶も持って行くと、「おまえよう気いつくやんけ」とおじいさんの隣の人から声かけられる。いつものおじさんから「おう、すまんな。とりあえずビールと酒、あとはつまみ適当に出してくれや」と頼まれる。


 もちろん若くて馬鹿だけど仕事はできるワタクシ、板場に「すぐ出せるもの」(気が短い方が多いので)「値段が高いもの」(威勢のいいお金の使い方にロマンを感じる、もしくはメンツが立つことに喜ぶ)を多めにオーダーしつつ、ビールと冷酒の蓋をぬく。底組がどんどん運んでくれる。

 板わさ、漬物、なめこおろし、じゃこおろしなんかをすぐ用意してもらいつつ、矢継ぎ早に出す。「熱燗つけましょか?」「おお、頼むで。」待たせることなく、酒もつまみも用意。乾杯があって、酒盛りが始まる・・。

  とよく見たら飲んでいるのは末席の人たちだけ。???他の人は目の前に酒も肴もあるがじっと我慢している。5分くらいしてようやく許しが出て、10名様も食べ始める。


 やがてしめの蕎麦の時間。呼吸をつかんだワタクシ、剃り込みパンチ氏に「どれがあの方のご注文でしょうか?」と聞いたりして。しかし意外なことにパンチ氏、「ええから、できたもんから持ってこいや」と。

言われる通りにしたところ、哀れなことに10名様の前には湯気立ち上るきつねそばやかけそばが並ぶものの、上の方の天とじ蕎麦がまだできない。

4名様の前にお盆付きの天とじ蕎麦が並び、それをある程度食べてからようやく許しが出たものの、その頃には蕎麦はすっかり伸びていたのであった。

 

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       See  Emily  play

                 Pink Floyd

 

蕎麦にも段々があるんでぇ。  その①

まだ前座だった頃のある落語家の話。

 

演芸場の裏手に変哲もない蕎麦屋がありまして。寄席がはねると師匠が「ちょいと行くぞ!」と、前座たちを引き連れ其処へ。いつだって腹をすかせている前座たちのこと、大喜びではありますが、すぐにはありつけない。

 

 まずは師匠方がビールと板わさなんかで喉をうるおす。漬物なんぞ出てくりゃこいつは熱燗だってことでしばしゆるりと酒のお時間。

 

それが終わるとようやく許可が出て、いつものやつにありつけるってわけで。もりそばと玉子丼。これっきり。師匠たちはそれを横目に天種なんかをさくさく食べてはしめの蕎麦をたぐってる、という塩梅。

 

 そんでもって前座たち、懸命にこづかいを貯めまして。師匠たちが決して前座を引き連れていかないような名店へと凱旋。がん首揃えてえらそうに。「天ぷらそば!」と威勢だけはいいが柄でもなし。背伸びの極み。

てことで蕎麦屋名店の主、「うちはなあ、前座に食わせる蕎麦なんざ置いてねえ。二つ目になってから来な」と、追い払う。

 

 さあ悔しいのってなんの。一同紛糾しつつ、結局はいつもの変哲もない蕎麦屋へ行って、ここでも性懲りも無く「天ぷらそば!」。


 案の定親父がすっ飛んでくる。「いつものやつじゃねえのか?」と念押し。前座たち、腹立ちまぎれにいきさつを話すと、それを聞いた親父さん、「よし、じゃあ出してやろうじゃねえか」。

 

 こうして天ぷらそばにありつけた前座衆。さて帰る段になると、店の親父さん、こう言ったそうで。



 「お代はいらねえよ。真打ちになってくれりゃあ、そん時払っておくれ」


 

 なんだか「一杯のかけそば」のような話ではありますが、冒頭の、前座と師匠たちの様なシーンは実際ワタクシ、見ておるのです。



 あれは蕎麦屋でバイトをしていた頃の話。


  夕方、一本の電話で板場が凍りつく。

  店の常連だった威勢のよすぎるおじさんからの電話は、要約するとこうなる。



 威勢がとてつもなく良かった仲間が威勢のいいことで死んだ 
 威勢のいいおにいさん、おじさんが集まってお弔いをした  
   とりあえず精進落としはしたが  
 うちの群れの一番威勢のいいおじいさんが蕎麦屋で休みたいと言いだした 
 だから今から行く   
   威勢のいい群れが20人くらいで行く  



 ホール担当はワタクシひとり。いたいけな学生でしたが既に威勢のよすぎるおじさんとは旧知の間柄。何とワタクシ、その少し前に事もあろうにその威勢のよすぎるおじさんが連れてきた、客人で旅の威勢のいいおじさんの難癖にきれて喧嘩をふっかけてしまったのであります。

   いやあ若さというのは無謀なもので。



  しかしこの一件があって、不思議なもんでこの威勢のよすぎるおじさん、なぜかワタクシを「おもろい奴ちゃ」と。ワタクシも馬鹿ですから時々はこのおじさんに「アホですね」とか突っ込んで、そのたび「何じゃと」と、本気で光る目の恐ろしいことと言ったら。


  このおじさん、実は重鎮だったようで。いやあ無知とはすごいですねえ。


   つづく

淋しいのはみんないなくなるから。

脚本家の市川森一さんが亡くなった。


  今年は本当に好きな方が何人も亡くなった年だった。歳を重ねたわけだからしかたがないのかもしれないが、切ない。


 僕はこの人のドラマが大好きで、とりわけ思春期には大きな影響を受けたものだ。


 最初の出会いは「ウルトラセブン」だ。今さら僕ごときが言う必要も無いのだが「ウルトラセブン」は僕らの世代には決定的な影響力を持っていた番組で、市川さんはどちらかといえば円谷マターではなくTBSマターで起用された人でもあった。このあたりは氏が書いた「私の愛したウルトラセブン」などを読むとよくわかる。「北へ帰れ」「盗まれたウルトラアイ」などはいい話だった。「帰ってきたウルトラマン」でも「ふるさと地球を去る」なんていうすごい話も書いている。




 市川さんは長崎県諫早市の出身。敬虔なクリスチャンで、作品にもその影響はかなり出ている。

 85年に書いた「親戚たち」はこの諫早を舞台にしたドラマで、ふうけもんの雲太郎を演じた役所広司と、サントスの根津甚八のアンサンブルが良かったのと、何より諫早の用地買収話を軸にしつつ親戚たちが解体されてゆくという、なんとも素晴らしい作品だった。

 今でも最終回で、根津甚八が自分を土壇場で裏切った手塚理美に向かって言うセリフ、「おいもあんたを愛してる。ばってんが、あんたはおいの夢を打ち砕いた。夢を奪った女とは一緒になれん」は忘れられない名言。また、諫早の詩人・伊藤静雄の詩がひんぱんに出てくる(雲太郎が女を口説く時に使うから)のだが、この冒頭の一節は憶えてしまったほど。「北の国から」があまりに有名だが、同じ中村Pの作品ではこの「親戚たち」も見逃してはならなかった、かなりおもしろいドラマだったと思う。


 「傷だらけの天使」では全話の中で8本しか書いてないが、何と言っても第一話と最終話が市川作品。多分これ以上のドラマはその後結局なかったんじゃないか?と今でも思えるほど、素晴らしいドラマだった。

  最終回、亨が「淋しいよ、みんないなくなる・・・」と言ったあとで階段から転げ落ち、「ここは寒いなあ」と言いながら馬券握りしめ死んでいくところなどは今見かえしても切ないだろうな。


 「淋しいのはお前だけじゃない」は市川さんの代表作だろう。完璧なドラマだった。
  元は「港町純情シネマ」の姉妹編とでも言うような流れで作られたドラマだが(もちろん話は全然違う)、借金返済と旅回りの大衆演劇の一座と取り立て屋と間にはさまれた男、という構図が抜群で、大衆演劇のパロディを隠れ蓑にしつつ、リアリティとファンタジィとをうまく調和させてしまったし、大団円は「スティング」ばりの展開とあっては、ドラマ好きなら必見だろう。


黄金の日々」は歴代大河の中でもかなりおもしろかった作品。

 織田信長(高橋幸冶が快演)の狂気とカリスマぶりはこの作品が一番出せていたように思うし、のこぎり引きや窯湯で、磔など、割と残酷な描写も少なくなかった。氏のクリスチャンであるという部分がかなり投影されていて、荘厳な趣すらあった。

 特に夏目雅子演じるモニカは綺麗だったなあ。


 地味ながら小品にも愛すべき作品は数多くある。その構成に感心したのは「万葉の娘たち」。

  奈良の女子大が舞台。ある奈良の短大でひとりの女講師が入水自殺したところからはじまる物語で、それに関連した4人の女子大生の話をそれぞれの立場から描いた4話連続もの。毎回同じ場面が登場するが立場によってまったく違う状況に見える、ということを実に巧く見せてくれた。


夢の指輪」は、実際の氏の体験からインスパイアされた物語。療養所にいる病弱な母が窓から形見として投げ渡した指輪。うまくとれなかったということがトラウマになっていて・・・というプロローグが印象的。「鬼の恋舟」の根津甚八もギラギラしていて楽しい。


 それにしても加藤和彦も市川森一も忌野清志郎も亡くなってしまうなんて。これでショーケンまで亡くなったらホントさみしいよなあ。

 

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    LOVE IS BLIND (「グッバイ・ママ」より)

              JANIS IAN

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